指輪の価値
見慣れないものへの好奇心からか、ターシャちゃんは瞳を輝かせてビーズリングを見ている。指先で摘まんで、光に透かしたり、自分の指にはめてみたりして楽しそうだ。ただ、ターシャちゃんの小さな指に対してリングが大きすぎて、親指でもぶかぶかだけど。
「それは、ビーズで作った指輪だよ」
「ゆびわ、きれい……」
「ゆびわって、えらいひとがつけるやつだろ?なんで、アユムがもってるんだ?」
トッド君が首を傾げる。私も同時に首を傾げる。トッド君の発言的には、指輪は地位の高い人しか身に着けない、ということだが、私が見た限りこの付近の店で指輪を付けている人は数人見かけた。王都だから騎士などが多い、という理由を差し引いても、一般的庶民にも指輪は流通している様子だった。
「なあ、アユム、なんで?」
私の予想が間違っているのか、それともトッド君の知識が偏っているのか。考えていると、トッド君に体を揺らされる。早く答えろ、という事らしい。
「えっと、その指輪は私が作ったんだよ」
「アユムが?」
「うん」
「ほかにもつくれるのか?」
「そうだよ」
すると、トッド君は信じられない、と言ったような目で私を見た。まずい、女性で職人というのは世間的に良くないものなのか。そう身構えた瞬間、トッド君は表情をパッと明るくした。
「アユム、すごいな!!」
「アユム、すごい!!」
満面の笑顔で、すごい、と言われた。トッド君との話を聞いていたのか、ターシャちゃんにも。純粋な瞳に思わず私も笑顔になってしまう。
「ゆびわつくれるなら、アユム、ほうせきやになるのか?」
「ほうせきやさん?」
「いや、正しく言うと装飾品店、になるのかな」
ジュエリーとは装身具の中でも素材に貴金属、天然宝石を使った物だ。なので、今回のビーズリングは、あくまでアクセサリーであってジュエリーではない。とはいえ、二人には難しかったようで頭をコテンと傾げた。
「……宝石を使ってないアクセサリーを売るお店だよ」
「これ、ほうせきじゃないの?」
「そうだよ」
取り敢えず、ビーズリングに宝石は使われていない、という事は理解できたらしい。ターシャちゃんが目を真ん丸にしてリングを見つめる。そして、何か思いついたのか、あ、と急に声を上げた。
「トッド、ちょっと来て!!」
「え、まだあそぶ」
「いいから。アユム、ちょっとこれ、かりてもいい?」
「いいよ」
そして、トッド君を引っ張って、私から見えない所まで行ってしまった。ビーズリングは持ったまま。借りる、と言っていたし、勝手に持って行くとは思わないので大人しく内緒話が終わるまで椅子に座って待っておくことにする。
「あ、そっか!!」
「トッド、こえがおおきい!!」
何やら興奮したような声も聞こえてくる。大丈夫かな、ちょっと様子を見よう、と二人がいなくなった方向に目線をやると、丁度二人が戻って来たようだった。
「お話は終わった?」
「うん。アユム、ありがとう」
ターシャちゃんは元気よく頷くと、私の掌の上にビーズリングをのせた。そして、そのままテーブルの上に置こうとしたのだが、服の裾を二人に掴まれた為、立ち上がれなかった。
「どうしたの?」
「あの、アユム、ききたいこと、あるの」
服の裾を掴んだまま、二人は暫く黙っていた。何か言い難いことがあるらしい。できる限り優しく尋ねると、小さな声でターシャちゃんが口を開いた。
「なに?」
「ゆびわ、どのくらいするの?」
どのくらい、というのは値段の事だろうか。正直、この国での装飾品の価格を知らないので、答えられないのが現状だ。日本の基準で言うと、材料も高くないし造りも簡単なので、手間賃を含めて300円と言った所か。
「まだ値段は決めてないけど、そこまで高くはないよ」
「……おれたちでもかえる?」
「無理な値段ではないと思うけど……」
トッド君たちの経済事情も知らないので何とも言えない。お世話になっているし、ビーズリングくらいなら渡してもいいのだが、リングを渡すことによって二人が犯罪に巻き込まれるような事態は避けたい。
「まえ、おかあさんのゆびわとおんなじのがほしい、っていったら、ゆびわはえらいひとか、おとなじゃないとつけないんだよ、っていわれたの」
「わたしたちは、けっこんするときにしか、ゆびわをかわないって」
納得した。トッド君が最初に驚いていたのは、同じ庶民であろう私が結婚もしていないのに指輪を持っていたから。この国では庶民も結婚の際は指輪を交換する文化があるが、逆に言えば、貴族並みの経済力がない限りは結婚指輪以外を持つことはないからだろう。
「結婚指輪に比べたら安いよ。さっきも言ったけれど、宝石を使ってないから」
街で見かけた指輪を付けている人、というのは既婚者だったのだろう。取り敢えず、指輪が庶民にも流通しているのならビーズリングを売っても問題ないだろう。宝石を使ってない、と明言すれば値段にも納得してくれるだろう。
「なら、アユム。わたしたち、ゆびわがかいたい」
「……確認しないといけないことがあるから、少し、そうだね、今日の夜まで返事は待ってもらえるかな?その間に色々調べるから」
「「うん」」
真剣な表情で私に言った二人に、不誠実なことはしたくない。二人には別の場所で遊んでもらうことにして、ジュディさんに声をかけ、私は街へと向かうことにしたのだった。
次回更新は2月15日17時予定です。