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湖の宝石

 目をキラキラとさせたまま私の方を見つめるキアン様に、気が散るのであまり見ないでくださいなんて言えるほど私は図太くない。頑張りますね、とできる限り穏やかな笑顔を浮かべながら、デザイン案を描くため、筆記用具を手に取った。

「まずは、製作する物を決めます」

「花を模した装飾品ではないのか?」

「装飾品にも種類があります。この、編み物の花は基本的にはバレッタかブローチにして販売しております。キアン様のお母様はどちらの方が使いやすいでしょうか?」

 バレッタの場合は全体的に横に長いデザインに、ブローチの場合は丸いデザインになるので、此処を決めないと配置が決められない。尋ねると、キアン様は少しの間の後、バレッタの方が良いだろう、と言った。

「我が国では、服にそのまま宝石を縫い付けていることが多い。普段着も胸元に模様が入っているものが多いから、髪につけられる方が良いと思う」

「それでは、バレッタにしましょう。バレッタの場合、このような金具の上に花を配置していくことになります。特にデザインに取り入れたい花は御座いますか?」

 バレッタの金具を見せながらキアン様に説明をすると、キアン様は部下に持って来させた資料を見ながら、一つ一つの花の形を確認していく。暫くの間、紙を捲る音だけが部屋に響いたが、ある資料の部分でその手がピタリと止まった。

「……これを」

 キアン様が指し示したのは、唯一見たことがない、睡蓮に近い青い花だった。特に有名な花だと言っていたので、この花をメインに作ればいいだろう。

「この花は、湖の宝石、と言われるくらい綺麗な花だ。母も特に好きな花だと言っていたので、これを中央に持ってきて欲しい」

「かしこまりました。周りの花は、この花を引き立てるようなものを選びますね」

 中心となる花は、花弁の根元から先にかけて、濃い青から少し薄い青と水色の中間色くらいにグラデーションしている。これを際立たせるには、同じような色は使わない方が良いだろう。睡蓮のピンクと白、後は紫や葉の緑と言った所か。

「資料、お借りしますね」

「ああ」

 資料の中から条件に該当する花を探し、バレッタのデザイン案に書き込む。その横に花の構造についても小さく書いておき、後で作る時に分かりやすいようにしておく。無言で紙に描き込んでいると、キアン様と、何故かランバート様も興味深そうに手元を覗き込んできた。

「……どうかされましたか?」

「いえ、装飾品を作る過程というのは、中々見る機会がないので……」

 照れたようにランバート様が笑う。そういえば、作業風景は一度も見せたことが無かった気がする。しかし、キアン様の方は実家が商家となれば取引先というか、仕入れ先の職人の作業風景位見たことがあるだろう。そう思ってキアン様の方を見つめると、ああ、と頷いてから理由を教えてくれる。

「職人は言えばすぐに材料を手に取って作り始めると思っていたのでな。店主の様に、資料を見ながらデザインを考えるのは珍しいと思うのだが」

「今回の作品は実際の花に似せることを目的としていますから。それに、私の店はオーダーメイドを主流としておりますので、お客様の望む形に近付けることが重要なのです」

「レディメイドの様に、できているものから気に入りのものを選ぶのではなく、この世で一つの物を作る、ということか」

「はい」

 上流貴族や王族を相手にするなら兎も角、平民相手にその方針でよく儲かるな、とキアン様は驚いているようだった。私は、原材料が比較的安いですから、と笑いながら、書き終わったデザイン案をキアン様に差し出す。

「……このデザインは如何でしょうか?」

「早いな!?」

「一つのデザインに時間をかけるより、沢山の案を出して好みを把握する方針にしております」

 そう言いながら、一応他のデザイン案も書き始める。今渡したのは、中央に湖の宝石、両端に白に近い睡蓮、そして間に薄紫のホテイアオイを入れ、幾つか葉を配置したデザインだ。次は真っ白なミズオオバコを入れたデザインにしてみよう、と資料を捲る。

「店主」

「はい?」

「……これがいい」

 張り切って2枚目に取り組もうとすると、キアン様に紙を返され、手を止める。まだ1枚目なのだが、良いのだろうか。

「……他のデザインも見なくて大丈夫ですか?」

「商人としての勘は当たる方だ。これがいい」

「かしこまりました」

 色味的にも気に入っていたので、お客様が良いというなら採用させてもらおう。少々お待ちくださいね、と一声かけて材料を取りに行こうとすると、キアン様とランバート様、そして、キアン様の護衛の人からも不思議そうな目を向けられた。

「どちらへ行かれるのですか?」

「材料を取りに……」

「店には置いていないのか?」

「寝る直前まで作業をすることが多いので、私室に置いています」

 正しく言うと、工房の中にある。工房について言及されるのは不味いので、私室、もとい寝室にあると言うと、流石についてくるという人はいなかった。

「【工房】」

 さて、美しい花を再現するための糸は、どれがいいだろうか。机の上に糸を並べ、私は考えたのだった。


次回更新は4月26日17時予定です。

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