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水と花の国

 キアン様の口から飛び出してきたのは、確かに、軽率に人に話せるような内容ではなかった。

「母は、最近食欲が極端に落ちていて、話しかけても反応が鈍い。ずっとどこか遠くを見ているか、眠っているかのどちらかなんだ」

「それは……」

 どちらかと言うと、医者にかかった方が良いのではないだろうか。いや、キアン様の実家のことを考えると、既に手は尽くした後なのだろう。お抱えの医者でも対応できなかったような病気を治すため、この国でも情報を探しているのか。

「まだ、他家には知られていない。僕達は正式な貴族ではないが、貴族社会と密接に関わっている。公式の場でパートナーがいない、というのは面倒なことになる」

「人払いをされたのは……」

「護衛の中でも一握りの者しか知らない」

 他家に情報を漏洩させないためにも、信頼できる護衛にしか知らせていないと言う。偉い人も大変だ。私なら、他人を信じられないような生活はしたくない。

「ですが、大規模な催しがあればパートナーの同伴は必須。ネイジャンでは近く、王太子の誕生パーティーが行われる予定ですよね?」

「ああ、来月だ」

 マナー的な問題と、キアン様の母親が体調不良の隙を突いて出世を狙う人が出る、ということか。貴族社会では女性ならではの仕事も多い。それができないのは大きな痛手なのだろう。ランバート様が指摘すると、キアン様は眉間に皺を寄せた。

「キアン様が我が国からネイジャンに帰国される日程を考えると、対策をする時間が殆ど無いのでは?」

「ああ。今迄は父の代理として、僕が参加すれば済む催しばかりだったが、今回ばかりは両親共に参加する必要がある。つまり、この訪問の間に、何か対策をしなくてはならない」

「それで医学や薬学の研究所への見学を希望されたのですね」

 それでも、症状があやふや過ぎること、本人がいないということで解決は難しいそうだ。確証もない治療をして悪化したら国際問題に発展するので当然の判断だろう。

「最初の頃は、美しい宝石や絵を見せれば僅かに反応を返してくれていたのだが、最近は美術品への反応も鈍くなってきていて……」

「それでは、私の作品でも反応を示してくださるかどうか……」

 幾ら花に似ているからと言って、本物の花のように、儚いからこそ際立つ美しさはない。変に期待を抱き、駄目だった時、キアン様の心まで折れてしまってはいけない。そう思って否定をする。

「いや、おそらく、今までで一番、反応を示してくれる可能性は高い」

「どうしてですか?」

「花の絵や花を模した作品には、多少、反応を示す」

 それなら、実際に花を贈れば良いのではないか、と思っていたら、ランバート様がそっと耳打ちをしてきた。

「ネイジャンは砂漠地帯で、キアン様のご実家は国の中心部にあります。その付近にはオアシスがあるとはいえ、他国からの花を持ち込むのは勿論、自国で花を育てることも難しいのです」

「成る程……」

 この国に比べて魔法も発達していないため、魔法で状態を保存して運ぶといったこともできないらしい。ちなみに、この国から生花を届けようと思うと、常に保存魔法を掛けなくてはいけないので最低でも5人は魔法使いが必要らしい。

「勿論、母が治らなかったとしても、店主に責任を求めるつもりはない。ただ、僅かな可能性にも掛けたい状況なのだ」

「キアン様……」

 頼む、とキアン様は短く言った。頭を下げることはないが、平民に対して、最大限の対応をしてくれているのだろう。ランバート様の方を少しだけ見る。すると、困ったような笑顔を浮かべられた。

「キアン様!!資料をお持ちしました」

「置いたら外で待機しておけ」

「は!!」

 返事をしようとしたところで、けたたましい足音が聞こえたかと思えば、資料を持った護衛が部屋に入ってきた。もう少し静かに入れないのか、と文句を言いながらキアン様は資料を受け取り、そのまま私の方に差し出してくる。

「これが母の国の花の資料だ。この国は水源地帯で、水の上に咲く花が多い。特に有名なのはこの青い花だ」

「……美しい花、ですね」

 睡蓮に近いが、色は鮮やかな青色だ。資料を確認すると、その花の他は名前を聞いたことがある水生植物ばかりだった。水と花の国、とも呼ばれているらしい。

「それで、依頼は受けてくれるだろうか?」

 一通りの説明を終えると、キアン様は不安そうな表情で私に聞いた。それに対し、私はにっこりと笑みを浮かべ、答える。

「ご注文、確かに承りました。商品の完成までお時間を頂くことになりますが、お引き渡しの方法はどうされますか?」

 突然来られたり、定休日にしたりするのは大変なので、それだけ話し合いをしておきたい。そう伝えると、キアン様は大きな目がこぼれ落ちそうな程開いたかと思うと、一気に表情を明るくした。

「引き受けてくれるのか!?」

「はい」

「引き渡しは店主の都合に合わせるが、できる限り早い方がいい。完成まで、どのくらい時間がかかる?」

 まず、モチーフに組み込む花を決め、全体のデザインを決めて、花の製作。そこからバレッタに加工するとして、早くても今日の午後だろうか。デザイン案を送って返事をもらって、というか作業があるなら最低でも3日はかかる。

「作業自体は半日かかりませんが、デザインの決定が……」

「ならば、今から作ってほしい。その分代金は弾むし、すぐに打ち合わせができる。良いだろう?」

 弾む声で言うキアン様に、私は頷くしかなかったのだった。

次回更新は4月25日17時予定です。

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