微熱と予約
翌朝、ジュディさんの予想通り、トッド君とターシャちゃんは熱を出した。寝る前に薬を飲んだお陰もあって本人達は至って元気なのだが、微熱があるので一日大人しくしておくように言われていた。言われていた、筈なのだが。
「アユム~、なにしてるの?」
「アユム、きょうもおしごと?」
好奇心いっぱい、遊びたい盛りの二人には、大人しくベッドに横になって休むことなんて無理だったようで、家の中から出なければいいだろう、と私のところに遊びに来ていた。かぎ編みの花を作っている私の手元を両側から覗きこんできたかと思うと、次々と質問をしてきた。
「今日もお仕事だよ。もう少ししたら開店時間だから、二人はお部屋に戻ってね」
「「え~」」
退屈なのはわかるし、熱を出す原因になったのは私なので、できる限り要望は聞いてあげたいと思う。が、しかし、熱が出ている二人をお店に居させるわけにはいかない。もしも体調が悪化した時にすぐ対応できないし、風邪がお客さんに移ったりするといけない。
「おとなしくしてるから」
「アユムのおしごと、みてる」
「もう少しでソニアちゃんが帰ってくるから。部屋で待ってたらすぐだよ」
ジュディさんもカルロさんも、今日はカフェの営業日で休むことはできない。その為、ソニアちゃんが教会に行かず、二人の看病をすることになったのだ。今は昼食用の食材を買いに出かけたのでいないが、店を開ける時間には戻ってくるだろう。
「やだ!!」
「きょうはアユムといる!!」
「二人共、どうしたの……?」
両側からぎゅっと手を握られる。いつもなら二人だけで行動するのも平気だが、微熱があるからか、大人がいないと不安なのだろう。どうしたものか、と糸を指先に巻き付けながら考えていると、勢いよく階段を上ってくる足音が聞こえてきた。
「何かありましたか?」
足音と時間から考えて、ソニアちゃんではない。ジュディさんかカルロさんが開店前に二人の様子を見に来たのだろうと思って扉を開けて顔を出すと、そこにいたのは酷く息を切らしたランバート様だった。
「る、ルイーエ嬢」
ランバート様は、私と目が合うと名前だけ呼んで、せき込んだ。騎士として鍛えているランバート様がここまで息を切らしているとなると、只事ではあるまい。緊急の連絡をしに来たとは思うが、まだ話せるような状態ではなさそうなので一先ず休んでもらうことにする。
「取り敢えず中にどうぞ。椅子に掛けていてください。私は水を持ってくるので」
「アユム?」
「どうしたの?」
自室の方に水を取りに行こうとしたら、店からトッド君とターシャちゃんが出てきた。まずい、二人はランバート様が苦手だったはずだ。弱っている時に会ったら泣いてしまうかもしれない、と身構える。が、二人はランバート様の顔を認識すると、お互いに顔を見合わせた後、首を横に振った。
「……アユム、わたし、おみずとってくる」
「きしさま、こっち」
そう言ったかと思うと、ターシャちゃんは階段の方へ行き、トッド君は椅子のある方へとランバート様を誘導し始めたのだ。予想外の行動に目を丸くしていると、トッド君に服の裾を引かれた。
「アユムも、こっち」
「あ、うん……」
すぐにターシャちゃんが水を持ってきて、ランバート様に差し出す。コップになみなみと入れられていた水を一気に飲み干すと、ランバート様は一度深く息をしてから私の方を向いた。
「ルイーエ嬢。大変申し訳ないのですが、明日は、店を閉めて頂けないでしょうか?」
「突然ですね……」
「はい」
原因が予想通りなら、断るという選択肢はない。ランバート様が慌てて店に来ている時点で殆ど確定したようなものだが、二人の前でこの話題を出していいのだろうか。
「このまえのひと?」
「こわいひと?」
「怖い、とは限りませんが……」
「「えらいひと?」」
偉い人である。成程、二人、というか、城下街に住む人々にとって、貴族を始めとした偉い人というのは怖いという認識なのだろう。お金を落としてくれるかもしれないが、不興を買った時に何をされるかわからないと思えば当然だろう。
「……偉い人、ですね」
ランバート様が肯定すると、二人は両側から私の手を握った。そして、手を軽く引いて屈むように促される。体勢を低くすると、二人はそっと私の耳元に顔を寄せた。口元はしっかりと手で隠している。内緒話をするらしい。
「……アユム、おみせしめよう」
「えらいひと、おこらせたらだめだよ」
「うん。そうだね……」
そうするね、と消え入るような声で呟く。私は世間知らずだから自分達が色々教えないと、と思ってくれているのだ。ありがたい忠告にしっかりと頷くと、満足そうな顔で二人も頷いた。
「はりがみする?」
「おしらせする?」
「そうだね、今から張り紙を作って、店の入り口に貼っておくよ」
明日渡す予定の注文はなかったはずだ。今日、注文をしてくれるお客さんが居たら、その都度説明をすれば大丈夫だろう。
「諸事情により貸し切り、と書いておけば理解してもらえると思いますので。よろしくお願いします。私は帰りますので、また何かあれば」
「ランバート様は明日、店に来られますか?」
「はい、同行する予定です」
「わかりました。ありがとうございます」
忙しいようで、私が了承するとランバート様はすぐに走って帰って行った。さて、私は張り紙を作らないと、とカウンターに行こうとした時だった。
「アユム……」
「さむい」
くい、と服の裾を引かれたかと思うと、二人が潤んだ瞳で私を見つめていた。その頬は先程に比べて随分と赤くなっている。
「え。待って、熱上がってる?今すぐ寝よう?」
慌てて額に手を当てると、かなり熱い。急に熱が上がってきたようだ。張り紙より先に寝かせないと。私は二人を抱きかかえ、部屋へと急いだのだった。
次回更新は4月21日17時予定です。