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ニゲラのブローチ

 私より先に店を出ていったはずの人物が、何故か店の目の前に立っている。そして、じっと私の方を無言で見つめてくる。ぶつかりそうになったからではないだろう。何か、私に言いたいことがあって待っていたと考えた方が良さそうだ。

「あの、どうかされましたか……?」

「…………」

 用件を聞いてみたものの、返事はない。ならば帰らせてもらおう、と歩き始めると、此方に鋭い視線を向けつつ後ろを歩いてくる。溜息を吐いて足を止めると、ついてくる足音もピタリと止まった。

「あの」

 返事はない。用事があることは確かなのに、どうして言い出せないのか。このまま家に付いてこられるとジュディさん達にも迷惑を掛けてしまう。仕方がないので私の方から積極的に話しかけるしかないだろう。

「先程、お店の中であった人ですよね?」

 相手の方をしっかりと見て尋ねると、小さく頷いた。無視されることがなくて良かった。上手く言い出せないのだとしたら、此方から誘導すればいい。お店の中であったときは堂々としているような気がしたのだが、何故急に話せなくなってしまったのか。

「私に、何か用事がありますか?」

「…………ああ」

 前言撤回。話せるようである。本当に何がしたいのか理解できないが、会話が円滑にできるようになった、と前向きにとらえるしかないだろう。

「用件は何ですか?生憎、私は薬を買いに来ていただけなので珍しい薬なんて持っていませんよ」

 私の記憶が確かなら、何も持たずに、苛立った様子で店を出ていった筈だ。ならば、用があるとすれば、薬師さんの店には置いていなかった薬が欲しい、と言った所だろう。もしも勘違いされているようなら先に訂正しようと思って告げると、そんなことは分かっている、と言わんばかりに溜息を吐かれた。

「……名は?」

「え?」

「名を知らなくては呼べないだろう」

 溜息を吐きたいのは私の方なのですが、と相手を見ていると、唐突に名前を聞かれた。別に名前を呼んでもらわなくても、用件さえ教えてくれればいいのだが。話が進まなさそうなので、渋々名前を教えることにする。

「……アユムです」

「そうか。では、アユム。聞きたいことがある」

本当、何で名前を聞く必要があったのか。人に名乗らせておいて自分は名乗らないようだし、本当によくわからない相手だ。

「……何ですか?」

 早く帰りたいな、と考えていると、ローブの人物は私の首元を勢いよく指差した。ブローチのことだろうか。

「これのことですか?」

「そう、それだ」

かぎ編みの花が気になるのだろうか。取り敢えず、見やすいようにと思ってブローチを外した瞬間だった。強い風が吹いたかと思うと、お互いにフードが外れ、薄暗い中だが相手の顔が見えるようになった。

「………………あの」

「じろじろ見るな。失礼な」

 当然、目の前の相手の顔や髪も見えたのだが、それが問題だった。フードの下から出てきた髪の色は月明かりの下でも輝きを放つ程、煌びやかな金色だったのだ。小麦色の肌、煌びやかな金髪、深い紫の瞳に、他人の上に立つことが慣れているような言動。

「…………え」

「なんだ?」

 予想していた年齢よりかなり幼いが、もしかすると、この人は、噂のキアン様なのではないだろうか。つい成人男性を想像していたが、年齢についての情報は何も言われていないので、目の前のどう見ても十五歳くらいの少年と言える人物がキアン様である可能性は十分にある。

「…………私の方からも、お名前、聞いても宜しいですか?」

そうなると、どうしてこんな時間帯に此処に居るのか、という問題が起こるが、まだ確定したわけではないので取り敢えず名前を聞いてみよう。

「……キ、キールだ」

 言葉を詰まらせないで欲しい。もっと滑らかに、そして本名とはかけ離れた名前を名乗ってほしかった。さて、どうしよう。キアン様が何故か私の店に興味を持っていることは既にわかっている。私が店主だとわかっていて話しかけてきたのなら、かなり都合が悪い。

「ど、どうして急に名前を聞くんだ?」

「いえ、私の方は名乗ったのにお名前を聞き忘れたな、と……」

「そうか。それで、そのブローチだが」

 かぎ編みの花を使ったブローチを付けていたから声を掛けただけならいい。最悪、このブローチを渡すなりして帰ればいいのだから。最悪の展開は、魔法付与のことが知られた上で私が店主だと気付かれており、このまま連れていかれたり、魔法付与した作品を作ることを強要されたりすることだ。

「何処で購入した?」

 良かった。私が店主とは気付かれていないらしい。此処は無難に、嘘にならないように返事をしておこう。

「いえ、これは買ったものではなくて……」

「……贈り物か。そうか。引き留めてすまなかった」

 言い切るより前に勝手に納得して帰って行ってくれた。買ったものではなく、自分で作ったものなので嘘は言っていない。もしも次に会うことがあったとしても、最後まで話を聞かなかったのは相手なので責められることはないだろう。

「……次はないと良いけど」

 一応、近くに誰もいないことを確認してから、掌の中にあるブローチを付け直し、再び歩きだした。


次回更新は4月20日17時予定です。

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