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生活の保障

 女性に誘われ、畳が敷かれた部屋に上がる。靴を揃えて、ちゃぶ台の側に置かれている座布団に座れば、何処となく落ち着いた気持ちになる。

「お茶でもどうぞ」

「ありがとうございます……」

 差し出された湯呑に入っているのは緑茶だろう。混乱しつつも取り敢えず出されたお茶を飲む。この女性は大丈夫だと、直感的に思ったからだ。お茶を一口飲んで、ホッと息をはし出したところで女性が姿勢を正した。

「改めて、私は薬師紡と言います。この国の呼び方に合わせると、ツムギ・ヤクシですね」

「類家歩です。アユム・ルイーエ、と名乗っています」

「この国の人にとって、類家、は発音しにくいでしょうからね」

 それにしても、日本でも珍しい苗字ですね、と薬師さんは穏やかに笑う。苗字の話題や微妙な発音の違いの話題で暫く和やかに会話をしたところで、私は疑問に思っていることを聞くことにした。

「あの、薬師さんは、どうして私が日本人だとわかったんですか?」

 今迄は、田舎から来た、といえば大抵誤魔化せていたのに、薬師さんにはすぐ気付かれた。そこまで世間知らずというか、一般的ではない行動をしてしまっていたのだろうか。そうなら今後の為にも改善していかないと、という思いから質問する。

「同じ日本人だから、直感的に、というのもあるけれど……」

「決定的な行動でも……?」

「まず、入り口で、ごめんください、って言ったでしょう?開いている店に入る時に態々声を掛ける人は少ないし、声を掛けたとしてもほぼ同時に店に入ってくる人の方が多いから、日本人かな、と思ったの」

 今迄は市場くらいしか買い物に出たことが無いので気付かなかったことである。宝飾品店を回っている時に誰も何も言わなかったのは、新しく開業する田舎から出てきた人物、という事で頭を下げている、と判断されていたのだろう。

「次に、呼び鈴ね。ドアノッカーはかなり普及しているようだけど、小さい鐘のような物は見慣れない人が多いみたいで。きちんと鳴らせる人は偶にしかないの」

「……成程」

 振るだけで音が出る造りだったら見たことがある人も多いのだろうが、この店の玄関に置いてあるのは片手で鐘を持ち、もう片手でそれを叩く仕組みのものだった。馴染みが無かったら使い方がわからず、放置して中に入るのは当然だろう。

「最後が決定的だったのだけど、大抵の人は、初めて私の店に入ったら薬の話より先に店の見た目の話をするわ。こんな建築見たことがない!!って」

「それは……、確かに、そうですね」

 後は、この国では珍しい黒髪であることなども日本人と判断した要因らしい。薬師さんは、気にしなくても日本人以外にはわからないと思うわ、と落ち込む私に微笑んだ。

「それにしても、王宮から出てくる子は珍しいわね。何かあったの?他の子と喧嘩でもした?」

「いえ、してないですけど……」

「なら、聖女でもないくせに、とか難癖付けられたとか?」

「いえ……」

 それなら、平民の中に一緒に暮らしたい人でもいたのかしら、と薬師さんは首を傾げる。私は、嫌な予感、というか、当初からの懸念がいよいよ現実味を帯びてきていることに気付き、薬師さんに質問する。

「あの、もしかして、王宮には、私たち以外にも日本人って結構いらっしゃいますか?」

「ええ。最近旅に出た聖女の前である私たちの代と、もう一つ上の代が居て、地方貴族と結婚した人もいるけど、半分くらいは王宮関係者と結婚したか、専門の地位を与えられているかの筈よ」

 最近旅に出た聖女、というのは私と一緒に連れて来られた子のこと。一つ前の代は丁度20年前にこの世界に連れて来られた人たちのことで、その前は50年前だという。因みに薬師さんは、随分と若く見えるが現在40代で、薬科大学を卒業すると同時にこの世界に連れて来られたらしい。というか、この国、頻繁に滅亡の危機に襲われすぎではないだろうか。

「その中に、日本に帰った人は……?」

「いないわ。だって、元の世界に戻る方法なんてないもの」

 薄々予想はしていたが、はっきりと言い切られてしまった。一応、他の人に帰る意思がなかった可能性を考慮して詳しく話を聞いてみる。

「……王宮側からは、一応、聖女が全ての瘴気を祓ったら元の世界に戻る為の力が与えられると聞いていたのですが」

「その様子だと鵜呑みにはしてないみたいだけど、あれは嘘よ。瘴気を祓って帰ってきても暫くは『まだ密かに瘴気が残っている地域がある』って言われて、更に経ったら『次の聖女が来たら入れ替わりで帰れる』とか言われるみたい」

 大抵はその前にこの国の人と結婚して、永住を決意するみたいだけどね、と薬師さんは言う。因みに、薬師さんは一緒に飛ばされてきた建築系の旦那さんと結婚したらしい。

「この国の上層部には一定数、日本人と関わっている人がいて、当然、日本人が集まるコミュニティも存在するの。王宮から出ても、そこに所属することで生活を保障して貰っている感じね」

 薬師さんはそこまで言って、言葉を切った。

「貴女は、どうして王宮に知られず、生活できていたのかしら?」


次回更新は4月18日17時予定です。

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