在庫はございません
「なんだ、何もないではないか」
使いの男は、店に入るなりそう言った。今日は店を開けていないので、商品に埃が掛からないように上から布を被せてあったり、他の場所に保管したりしているので当然である。
「本日は定休日ですので、商品は片付けてあります」
「先程の待ち時間は何だったのだ」
随分と物音をさせていただろう、と不機嫌そうに言われる。そこまで音を聞かれていたとは思っていなかった。これは、かなり面倒な事になりそうだ。
「出入り口付近の椅子や机を移動させておりました」
「……早く準備をしろ」
「畏まりました」
仕方なく開店準備をする。見られたらまずいであろう、どう見ても魔法が絡んでいるものは工房にある。3人から預かった指輪も自室に置いてあるので問題はない。
「見たい商品が決まっているのでしたら、その商品を先に準備しますが……」
マフラーの一件以降、店に出している商品は魔法付与されていないことを確認してあるので大丈夫。というか準備は大変なので商品が決まっているなら教えて欲しい。
「無駄口を叩く暇があるなら手を動かせ」
「申し訳ございません」
早く用事が終わりますよ、と思ったのだが、鋭い目付きで睨まれた。なんとも態度が悪いお客様である。
仕方がないのでビーズの指輪、ブレスレット、ネックレス、組紐、と順番にテーブルに並べて行く。そして組紐の説明用のポップを立てようとして、ある事に気付いた。
「あ」
「なんだ」
ポップは、自室の方に置いてあるのだった。だが、今、自室に取りに行くのは怖い。部屋の位置を把握される上、勝手に店の物を触られる可能性が高い。
「……いえ、なんでもありません」
「紛らわしいことをするな」
「申し訳ございません」
店のことは知っていても、細かいレイアウトは知らないだろう。組紐は各模様につき商品も1つずつあるし、何か聞かれたらその時口頭で答えればいい。
「…………」
ほとんど準備が終わり、問題の編み物コーナーの前に立つ。ポップは無い。その上、あまりに人気だったので商品も置いていないのだ。どうしよう、と相手からは見えないように頭を抱える。
「在庫……」
最初に作ったバレッタは、一目で気に入ったという人が居たので売った。そこからはポップと周りのお客さんがつけているバレッタを見て注文する人が殆どで、展示用を作る暇も置く必要もなかったのだ。
「おい、準備は終わったか?」
苛立ちの篭った声で聞かれ、小さく肩が跳ねた。無いものは仕方がない。嘘にならないように、出来るだけ不興を買わないように商品の説明をしていくしかないだろう。
「はい。現在、店舗にある商品は全て並べました」
「……順に説明しろ。全てだ」
「では、入り口側に置いてある商品からご説明させていただきます」
ビーズの指輪、ブレスレット、ネックレス。使っているビーズの種類や色の組み合わせで全く違った印象になることも説明する。
「他の、この中にないビーズも見られたいのならお持ちしますが」
「いや、必要ない」
が、使いの男は興味なさそうに窓の方を見ている。ならば、次は組紐類の説明だ。
「……此方は、髪紐やブレスレット、アンクレットとしても使える飾り紐のようなものです。また、模様や色ごとに込められた意味が変わります」
この説明も興味はなさそうだ。つまり、目的はこれらの商品ではないということ。と、なると、今まで作ったオーダーメイド系の品か、流行りの青を使っている品か、編み物の花か、それとも、魔法付与された品か。
「以上で、現在店内にある商品の説明は終わりとなります」
嘘ではない。店内に、在庫がある商品の説明は終わりだ。これで帰って欲しいのだが、と使いの男の方を見ると、眉を顰め私を睨みつけてきた。
「他の商品はないのか?」
「現在、店内にある商品はこれだけです」
毅然とした態度で返事をすると、相手はとうとう痺れを切らしたのか一気に私との距離を詰め、肩を掴んできた。
「いっ……」
これは対応を間違えたかも、と痛みに顔を顰めると、使いの男は私の体を大きく揺さぶりながら言う。
「まだ他にあるだろう、全ての商品を出せ!!」
揺さぶられた拍子にぶつかったのが、大きな音を立てて椅子が倒れた。カフェまで音が響いてないといいけど、とぼんやりと考える。
「見せられないとは言わせない」
「見せるも何も、本当に、店内に他の商品はございません……」
片手が離され、どうにか距離を取ろうとするが、予想以上に力が強く逃げられない。
「そうだ、これを見れば見せないと言う選択肢なんてなくなるはずだ。俺は……」
使いの男が懐に手を入れ、何かを取り出そうとする。刃物か、と目を瞑り身構えた瞬間だった。
「俺は、なんだと言うのですか?」
「え……」
勢いよく扉が開けられたかと思うと、そこには、暫く顔を出せないと言っていたはずのランバート様が立っていたのだった。
次回更新は4月11日17時予定です。