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手紙と人波

 短時間とはいえ睡眠を取ったからか、想像以上に体が軽い状態で一日が始まった。朝食の準備も開店作業もスムーズに進み、色見本を用意し終えた段階でまだ開店まで十分以上残っていた。

「一応、糸と針だけ置いておこうかな」

 昨日のことを考えると、今日は朝から忙しい日になりそうなので空き時間に編み物をする余裕なんてないかもしれない。でもまあ、置いていたからといって何か不都合なことがあるわけでもない。

「緑と、白と、青……」

 葉っぱ用の色を一つと、花用の色を二つ。白い花は多いし、青色の花は赤い花ほど多くないような気もするが、ラウラさん達から貰った青い糸を使った花を中心にアクセサリーを作っていきたいので沢山作っておきたい。

「あれ?」

 糸と針をカウンターに置いたところで、カチャン、という金属音がした。入り口の方を見ても、トッド君やターシャちゃんの姿はない。お客さんが勝手に開けてくることはないし、そもそもカフェが開いている時間ではないので来られるはずがない。

「何の音……」

 入り口からの音ではない。というか、音はもっと近くから聞こえたような気が、と少し考えたところで、カウンターの端に置いてあるアンティークの小箱が目に入った。

「あ」

 普段はあまり使う事がないし、今迄自分から手紙を送って返事を待つという事しかしていなかったので完全に忘れていた。先程の音は、この前B様から返事が来た時の音と完全に一緒だった。

「プリンターの改善案の話かな?」

 この前、一気に印刷した時に改善案を思いついたら連絡すると言っていたので、それかもしれない。夜型と言っていたのにこの時間に手紙が来るのは予想外だったな、と箱を開けると中には黒い封筒が入っていた。

「魔導士は黒い封筒を使うルールでもあるのかな……」

 この前の招待状も黒かったな、と思いつつ封を切り、中身を確認しようとした。直後、カフェが開店したのか、下の階から話し声が聞こえ始め、少し遅れた階段を上ってくる足音が複数聞こえてきた。

「……返事は、後にしよう」

 箱に入れ直してしまうと、このまま相手側に贈られてしまう。仕方がないのでカウンターの引き出しに封筒を入れ、慌てて入り口に駆け寄る。段々と近付いてくる足音を聞きながら、店の入り口を開いて固定し、にっこりと笑顔を浮かべる。

「いらっしゃいませ」

「おはようございます、店主さん」

「おはようございます」

 すぐに見えてきたお客さん達に挨拶をする。今日は朝から大勢お客さんが来てくれているようである。ラウラさんの後ろからお客さんが次々と入って来ている。ラウラさんは入り口近くで立ち止まると、にっこりと笑顔を浮かべて私に尋ねた。

「正式な注文をしに来たのですが、昨日とは違う説明をして頂けるんでしょうか?」

「説明、というより、見て頂いた方が良いかと。此方にどうぞ」

 昨日質問をしてくださった方々も、まずはこちらをご覧ください。そう声を掛けて、準備しておいたテーブルに案内する。そこに並べられているのは、一晩かけて作った色とりどりの花たちだ。

「これは……」

「昨日見て頂いた花はあくまで一例でしたので、他の花も用意させていただきました」

 これらを組み合わせれば、ラウラさんの思い出の花冠により近いものができるだろう。編み物の花から私に視線を移したラウラさんに微笑むと、彼女は感極まった様子で私の両手を掴んだ。

「すごく素敵です!!昨日、お話を聞いた時に違う花も作ることができるとは聞いていましたけど、こんなに種類があって、本物の花に近いなんて!!」

「よ、喜んで頂けたようで嬉しいです」

「この白い花はシロツメクサ?水色の花は……、これが一番形が近いかしら」

 ラウラさんは作った花を一つ一つ見ながら、思い出の花に一番近い物を探しているらしい。丸い花弁の花を手に取り、ポップの色見本を真剣に見つめている。

「花弁の数などは変えることができるので、形と枚数を指定して頂ければその通りに作ります」

 昨日の花の配置も微妙に変わるかもしれないな、と思ったので新しく紙を用意し、ラウラさんに手渡す。すると、短いお礼の後、ラウラさんは一直線に作業用のテーブルへと行ってしまった。

「あ」

 なら私も移動しようかな、と体の向きを変えたところで、お客さん達が私を取り囲むように立っていることに気付いた。その目には輝きが灯っており、正直ちょっと怖い。

「私たちも注文したいのですが……」

「もう少し詳しい説明を……」

「実際の花を見ればより本物に近い物を作ることは……」

 矢継ぎ早に声を掛けられ、取り敢えず注文をしたいという人には紙と筆記用具を渡し、ラウラさんと同じスペースに移動してもらう。説明を聞きたい人には残って貰い、纏めて質疑応答の時間を取る形にして対応する。

「花のモチーフがそこまで珍しいとは思えないけど、どうしてこんなに人が……」

 ぽつり、と呟く声は他の音に掻き消され、誰にも聞こえなかったのだろう。暫く返事は出来そうにないな、とカウンターの方を見ると、アンティークの小箱が再び音を立てた。


次回更新は4月7日17時予定です。

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