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流行の予感

「これって……」

「はい。頂いた糸で作ったバレッタです」

「すごく綺麗です」

 バレッタを手に取り、ラウラさんはじっくりと見始めた。今は青い花と白い花が交互に並んでいるシンプルなデザインしか置いていないが、花の数や大きさを変えることもできると伝えると、私の方を見つめ、目をぱちくりさせた。

「そんなことができるんですか?」

「はい。これはバレッタの部分に作った花を貼り付けて作っているので、作る花を変えたり、貼り方を工夫したりすれば全く違った見た目になると思います」

 ただ、土台であるバレッタは決まった大きさのものしか持っていないので、大きすぎる花は難しい。糸さえあれば花の色も変えることができるので、組み合わせは無限にあると言えるだろう。

「小さい花が集まっているようなデザインが良いんですけど、できますか?」

「そうですね、良ければ此方に描いていただけますか?」

 かなり気に入ってくれたようで、ラウラさんは早速注文してくれるようだった。紙と筆記用具を渡すと、ドナートさんに話しかけながら楽しそうにデザインを考えていく。手元を覗いてみると、どうやら大きめの花があるよりも、小さな花が重なっているようなデザインが好みのようだ。

「花の色は何色なら可能ですか?」

「何色でも大丈夫です。基本的な色ならすぐに製作に取り掛かれます。糸を持っていない場合は、少々お待ちいただくことになりますが……」

「わかりました」

「組紐のポップに糸の見本も貼ってあるので、お持ちしますね」

 現在、組紐のコーナーを見ている人はいないので持ってきても問題ないだろう。ラウラさんの手元にポップを置くと、真剣な表情で糸の色と絵に描いた花を交互に見始めた。どの花を何色で作るか考えているようだ。

「できました。店主さん、これで作れますか?」

 ラウラさんから受け取った紙を見る。青と水色、白の小さな花が、花冠のように配置されたデザインだ。グラデーションのように花の色が変わり、落ち着いた印象になっている。色は見本の中から選んでくれているのですぐにでも製作に取り掛かれるだろう。

「はい。このデザインなら、明日の朝にはお渡しできますよ」

「じゃあ、楽しみにしていますね」

 それにしても、初めてデザイン案を書いたとは思えないほどに上手である。色を決めるのも早かったし、何かコツのようなものでもあるのだろうか、とラウラさんの方を見る。すると、ラウラさんは照れたように笑った。

「……これ、ドナートが小さい時に作ってくれた花冠をモチーフにしたんです」

「成程。なら、この花は……」

「はい。糸の染料として使われている花です」

 となると、白い花はシロツメクサだろうか。このデザイン案には書かれていないが、シロツメクサなら本物に近い形で作ることができる。

「ラウラさん」

「どうされました?」

「商品のお引き渡しは、早い方がよろしいでしょうか?」

「いえ、そんなに急いではいませんが……」

 良かった、と笑顔を浮かべる。思い出の花冠をモチーフにしたバレッタ。折角ならば、できる限り思い出に近い物を作りたい。

「では、明日の朝、もう一度お越しいただけるでしょうか?その際に、正式にバレッタを注文して頂きたいのです」

「……店主さんには何かお考えがあるのですね?」

 お考えというよりこだわりでしょうか、とクスリと笑ったラウラさんに笑顔を返す。明日の朝まで待ってもらえるのなら、今置いてある花弁6枚の平面的な花以外にも、立体的な花も、花弁の形が違う花も作れる。それらを見て貰ってから決めてほしいのだ。

「では、また明日。楽しみにしていますね」

「はい。またのお越しをお待ちしております」

 椿や薔薇の作り方は覚えているけど、他の花も思い出さないと。笑顔でラウラさん達を見送った後、脳内から記憶を引っ張り出すべく頭を軽く揉む。

「ポップも戻さないと……」

 小声で呟き、テーブルにあるポップを拾って売り場の方を振り返ったその時だった。お客さまの視線が自分に集中しており、驚きから小さく肩が跳ねた。しまった、会計待ちをしている人がいたのだろうか、と焦った次の瞬間、何故か目の前に列ができた。

「あの、先程の花のバレッタについて、お話を聞きたいのですが……」

「明日まで待てば他の形の花も見られるんですか?」

「バレッタ以外にも花のモチーフを使う予定はあるんですか?」

「その青色って今流行の……」

「ポップに出ていない色は……」

「糸の持ち込みは……」

 怒涛の質問攻めである。先程まで静かだったのは、情報を一字一句聞き漏らさないためのものだったらしい。女性たちの最新の装飾品にかける情熱というのはすさまじいものだな、と思わず苦笑いになる。

「少々お待ちください。ご質問には順に答えます。明日以降、花飾りについてのポップも作成しますので……」

 喧騒に掻き消されないよう、声を張って呼びかける。置いていた紙と筆記用具で次々出てくる質問を順にメモしながら、明日までに簡単な説明文は作らないといけないなと痛感するのだった。


次回更新は4月5日17時予定です。

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