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2本のマフラー

「綺麗と言ってくださって嬉しいです。この色は、私たちの地方の伝統的な染め方で出しているんです」

「そうだったんですね」

 ラウラさんの街の人たちが王都に纏めてきていることと、最近になって鮮やかな青色の布製品が流行り始めた原因が分かった。出稼ぎにきた女性の中には、染物や織物を専門にしている人もいるのだろう。

「最近、段々とこの青色が評価されて、売れる数が増えてきたんです。お陰で予想より早く、帰りたい人は街に帰ることができそうです」

「それは良かった。一度商品の価値が認められれば、地方まで買いに来てくださる人もいるでしょうからね」

 どれだけ良い物を作っていても、認識されていなければ売れるはずがない。しかし、王都で一度流行すれば、一気に伝統の青色は知られるだろう。また、地方まで購入しに来た場合は、宿屋や他の店も儲かり、全体に活気が出るだろう。

「はい。あの、それで、店主さんに此方を……」

「何でしょうか?」

 ラウラさんは、一言断ってから、籠を机の上に置いた。そして、その籠の中から出てきたのは、鮮やかな青色で染められている、刺繍糸や毛糸、そして何種類かの厚さや大きさがある織物だった。

「以前、このお店に突然お邪魔したお詫びも兼ねて、此方を受け取って頂ければと……」

「え」

 初めて会った時のことについては、突然不審者に声を掛けられれば誰だって驚くから気にしないで下さいと伝えた筈だ。それに、既にお詫びという事でお菓子も頂いている。これ以上何か貰う訳にはいかない。

「何にも加工をしておりませんが、店主さんなら下手に加工した物よりは、ご自分で後から作れる材料の方が良いかと思いまして」

 綺麗な色の刺繍糸と毛糸を見て、何を作ったら楽しそうかな、とか考えていたのでラウラさんの予想は当たっている。が、幾ら創作意欲を刺激するものであっても、受け取るかどうかは別問題である。こんな良い物を無償で受け取るわけにはいかない。

「あの、お礼なんてしなくて大丈夫なので、本当に、お気になさらず……」

「これは編み物教室の分もありますので、是非」

「編み物教室の講習料は既に頂いておりますので、此方は受け取れません」

「ですが……」

 これは、何かお礼をしないとラウラさんの気が済まない、という事だろう。どうしたのもか、と一瞬視線を逸らすと、視界に組紐が映る。そこで、あることを思いついた。

「……無償で受け取ることはできません。が、この糸が欲しくない訳でもありません。なので、是非ともこれらを購入したいのです。これらを販売している場所か、作っている場所に案内して頂けないでしょうか?」

「そんなことで良いのですか?」

 ラウラさんは目を丸くした。なんて欲が無い、とでも思われているかもしれないが、そんなことはない。私は創作意欲を優先した結果、目の前の糸より案内を選んだのだ。

「私も王都には不慣れなので道案内をして頂けるのはとても助かります。それに、場所を教えて頂いた方が、更に糸が必要になった時に買うことができますから」

「そう、ですか。それでしたら、案内させていただきます」

 都合のいい日時を尋ねられたので、今すぐにでも、と返事をする。なるべく早く、今日の夜にでも買った糸で新しい物を作ってみたい。ラウラさんもこの後は予定がないとのことだったので、私たちは早速、販売も行っている作業場に向かうことになった。

「では早速行きましょう」

「はい」

 防寒具として、先程完成したばかりの白いマフラーを巻いて出発である。それを見てラウラさんもハッとして籠から青色のマフラーを取り出し、巻き始めた。それを見て、ふと疑問が浮かんだ。

「……そういえば、どうしてマフラーを2つ作ったんですか?」

 しかも、同時進行で。別に同時に複数の物を作ることが悪い訳ではないが、進捗の管理や通常の倍の時間の確保など、中々に大変だったはずだ。

「作り方は同じなのなら、黒いマフラーの方は後から完成させても良かったと思うのですが」

「…………どうしても、一緒に完成させたかったんです」

 前を歩くラウラさんが、ぽつりと答えた。表情は見えないが、その声から、なんとなく予想はついた。そのまま細い路地に入って行くラウラさんの後ろを、無言で付いて行く。

「店主さんと会った日、あの日から、最近は薄れていた、彼のことをよく考えるようになって。彼の為に、マフラーを、編もうと思ったんです」

 それが、黒いマフラーなのだろう。青いマフラーは、色が強すぎて男の人が使うには少し躊躇いそうだ。

「彼、黒色が好きで。私の分は、青色。別に青色が好きだったわけでもないんですけど、初めてデートに行った時、『綺麗な青色だね、よく似合ってる』って言われたので、それからずっと青い物を選んでしまうんです」

「……とても似合っていますよ」

「ありがとう。それで、お互いの色のマフラーを一緒に作ったら、また一緒に居られる気がして。それで、同時進行で作っていたんです」

 にこ、とラウラさんが笑顔で振り返った、次の瞬間。びゅう、と強い風が吹き、視界一杯に、鮮やかな青色が広がった。そして、コツン、と背後から石が転がる音がする。振り向くより先に、背後から声が掛けられる。

「……なあ」

 その声は、以前聞いた時と違って、小さく震えているような気がした。


次回更新は3月25日17時予定です。

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