騎士の聴取
市場で問題なく買い物を終え、籠一杯の荷物を持って帰路に着く。市場の中心部は活気に溢れていたが、日が出始めた帰り道でも前回よりは人気が少ないように感じる。単独で行動している女性に至っては市場から出てからは全く姿を見かけない。
「急いで戻らないと……」
カフェの開店時間に間に合わなくなってしまう。仕方がないのでショートカットしよう、とさらに細い、人がすれ違えるギリギリの広さの小道に入る。少し陰になっていて、人のいない小道に自分の足音だけが響く。
「わ」
びゅう、と強風に煽られてストールが膨らむ。鮮やかな青色が視界一杯に広がった。ストールの中に風が入り込み、急激に体が冷える感覚がする。もう少しで小道から大通りに戻れるはずだ。そう思った瞬間、背後から声が掛けられた。
「………………なあ」
少し高めだが、男性の声だろう。背後から突然声を掛けられ、驚いたが、敵意のような物は感じない、穏やかな、不思議な声だった。もしかすると、最近噂の不審人物なのかもしれない。ラウラさんから聞いた情報と、声は一致している。
「その、ストール」
振り返って、顔を確認しようとしたのだが、何故か顔がぼやけて見えた。認識できないというか、顔を見ようと思うと、ピントが合わずに認識できないといった感覚だ。髪の色もぼやけて見えて、何故か頭に残らない。
「何処で手に入れた?」
「え……」
想定していた質問とは違う。今迄の話では、不審人物が聞いてくるのは出身地の筈だ。見た目や、装飾品について尋ねられたという話は聞いたことがない。このストールの、何がそこまで気に掛かったというのだろうか。
「これは、貰い物で……」
何故か、質問に答えなくてはいけない、という気がして、考えると殆ど同時に口にした。自分でも意識をするより先に言葉が出たような、変な感覚。見た目が認識できないことも含め、何か魔法でも使っているのではないのかという考えが浮かび上がる。
「…………王都出身ではないな?」
見抜かれていた。下手に否定するのも危険だろう。王都出身者だと答えるのが一番無難だったが、恐らく、求めている地域出身者でもない限りは今まで通り見逃される可能性が高いだろう。
「『何処から来た?』」
「……此処ではない、誰も知らない、所から」
ぐわん、と頭が揺れるような感覚がして、反射的に壁に片手を着いた。そして、もう少し誤魔化して言うはずだった言葉が、そのまま口から出ていた。やはり魔法の類だろう。私の答えに不審人物は満足したのか、背を向けて何処かへと歩き始めた。
「…………帰らないと」
物凄く疲れた。取り敢えず、今日聞かれた内容も含めて、ランバート様や他の騎士の方たちに報告した方が良いだろう。座り込みたくなる気持ちを押さえて、ふらふらとカフェの方へと戻り始めた。
「はぁ…………」
いつの間にか、ストールは無くなっていた。先程の一瞬のうちに取られたのかもしれない。全く気付けなかった。ジュディさんに謝らないといけないな、と思うと少しだけ足が重くなったのだった。
カフェに戻ってすぐ、ジュディさん達に食材を渡すと、どっと疲れが出てきた。一言断って3階に戻る。今すぐベッドに倒れ込みたい気分だが、先に不審人物の情報を伝えなくてはいけない。
「……騎士団の詰所のようなところがあれば、そこに報告しに行くのが一番だけど」
場所がわからないし、そこまで行く気力が残っていない。此処は悪いが、この前受け取った箱で伝えることにする。
「えっと、宛名……」
前回、Bとしか名乗られていないので、そのままB様で良いだろうか。不審人物に出会ったこと、今迄にない問いかけを受けたことを、匿名で騎士を始めとした国防を担う方々に伝えて欲しいと頼むのだ。
「これで……」
ぱたん、と箱の蓋を閉じると同時に力尽き、机に倒れ込む。体を起こしてベッドまで移動しないといけない、と頭では理解しているのに、身体がちっとも動いてくれない。疲労による眠気が限界を超えたのだ。
「眠い……」
もう指先も全く動かない。そのまま、瞼がゆっくりと落ちたのだった。
「ルイーエ嬢!!ルイーエ嬢、起きてください!!」
体が軽く揺さぶられ、意識が急速に浮かび上がる。視界がぼんやりと戻ってくるが、薄暗い。どのくらい時間が経ったのだろうか。
「ラン、バート様?」
「良かった、ルイーエ嬢。起きられたのですね?」
鮮明になった視界には、今日は来ない予定だったはずのランバート様が映っている。その後ろには同じ騎士の方だろうか、簡単な装備をしている人物が複数人いることが分かった。
「どうして此処に……」
「騎士団が取り締まっている不審人物について、新たな情報が得られたとのことでしたので、至急此方に向かった次第です」
どうやら、B様による情報伝達は恙なく行われたらしい。被害が無かったかの確認と、詳しい事情聴取のために大慌てでランバート様が来てくれたらしい。あまり騎士と関わりたくはなかったのだが、大人しく事情聴取に参加しない方が不審がられるだろう。あくまで、一般市民として調査協力をした方が良い。
「怪我はないですか?」
「あ、はい」
「すみませんが、暫く事情聴取に付き合っていただくこととなりますが……」
ラウラさんの話もすると、相当時間が掛かるだろう。ちらり、と後ろの騎士が記録用具を手にしたことを確認して、私は苦笑したのだった。
次回更新は3月23日17時予定です。