初めてのおつかい
編み物が得意な人が作るなら、空いた時間に進めて行っても2、3日有ればマフラーは編み終わるだろうが、初心者で、模様編みをするとなると、集中しても1週間程度掛かるだろうか。
「通常営業もあるし、丁度いいかな……」
そして、店自体は普通に開けているので、私も編み物だけをしているわけにはいかない。注文された組紐やビーズ製品を作る必要があるのだ。
「ビーズリングの種類増やしたいな」
印象が全く変わるので、フェイクパール類を使ったシンプルなリングを作りたい。が、あまりに精巧なものだと、本物のパールを使っている店の迷惑になるだろう。
「コットンパールなら表面が凸凹してるから大丈夫かな」
一応、確認して置いた方がいいだろう。出来るだけ沢山の種類を作りたい。注文が来ない限り、出来るだけ違うものを作っていきたいのだ。
「マフラーの完成に合わせて、ブローチ類を売り出すとして……」
コサージュピンなどのパーツを増やしていきたい。色々と考えながら、手元ではマフラーを編み進めていくのであった。
「アユム、申し訳ないんだけど、ちょっと買い物を頼んでもいいかい?」
カフェは営業だが、私の店は休みの日。朝ご飯を食べ終わり、工房に篭ろうとしたタイミングでジュディさんが3階に上がってきた。
「構いませんけど、何かあったんですか?」
編み物は私も参加者も順調に進んでおり、受注品も昨日のうちに完成している。ランバート様も来ない日で、急ぎの用事もないので問題ない。
「それがね……」
カフェで必要なものは休日にまとめて買い込んでいるはずだ。まだ次の休日までかなりあるこのタイミングで買い物をするのは珍しい。
「今週、かなりお客さんが増えててね。ランチメニューの材料はいいんだけど、デザート類の注文が多くて」
「材料が足りなくなったんですか?」
「そう。本当は私たちで行きたいんだけど、作るのも間に合ってなくてね」
食事時の人数はあまり変動がないが、ケーキと飲み物を頼む女性客が増えたらしい。嬉しい悲鳴ってやつだね、とジュディさんはにっこりと笑った。
「わかりました。どの商品を買えばいいのかわからないので、紙に書いて貰ってもいいですか?」
買い物に行くのはいいが、普段何を買っているのかがわからない。産地によって味も変わるというし、なるべく詳細な情報を書いてもらうことにする。
「そうだね。ソニアがいれば買うものは知ってるんだけど、忙しいだろうからね」
「今日も友達と編み物をするって言ってましたね」
「邪魔するわけにはいかないね」
ジュディさんはにっこりと笑う。ソニアちゃんが、どうして一生懸命に編み物をしているのか察しが付いているのかもしれない。
「私一人でも大丈夫です。市場の場所も覚えていますから」
「助かるよ。先にお金を渡しておくから、あまりで何か好きなものを買っておいで」
「いえ、そんな……」
「買い物してもらうからね、お礼だと思っておくれ」
普段お世話になっているので買い出しくらい、と思ったのだが、笑顔で言われてしまった。此処で断るのも微妙だし、折角なので、全員で食べられるものでも買って帰ろう。
「ああそうだ、最近、肌寒い時もあるからね。上着は着ていくんだよ」
「わかりました」
外は風が吹くと寒いらしい。最近あまり外に出ていなかったので有り難く助言を受け取り、ローブを手に取る。
「それだけだと首元が寒いだろう。このストールを巻いておくといいよ」
「……綺麗な色のストールですね。それに、手触りもいい」
ジュディさんは私の首元に鮮やかな青色のストールを巻いてくれた。綿だろうか。薄手だが硬い感じはなく、手触りがいい。
「最近王都で流行り出したストールだよ。なんでも、地方の伝統の作り方をしてるらしい特徴的な青色だろう?」
「そうですね」
この辺りではあまり見たことがない色合いだ。糸の染め方から違うのかもしれない。そんなことを考えていると、ジュディさんが完成したメモと買い物用の籠を私に手渡した。
「これだけ頼めるかい?この籠に入るはずだから」
「はい。では、行ってきますね」
「戻ってきたらそのままキッチンにきておくれ」
はーい、と返事をして階段を下りていく。少し急げばカフェの営業開始には間に合うだろう。
「アユム、おでかけ?」
「うん。ちょっと行ってくるね」
「「いってらっしゃーい」」
トッド君とターシャちゃんにも見送られ、カフェを出て路地の隙間を歩いていく。風が吹くと確かに肌寒い。
「……人が居ないな」
この前通った時にも思ったが、殆ど人がいない。特に、若い女性は全く見かけない気がする。
「そういえば……」
唐突に、最近現れる不審者の話を思い出す。フードもかぶっているし、ストールを付けているから年齢なんてわからないはず、と自分に言い聞かせて、少しだけ歩を速めた。
次回更新は3月22日17時予定です。