表と裏
なんとか最初の作り目が終わった。今日のうちに、編み図の読み方と、各編み方の説明くらいは終わらせておきたい。
「最初の段は基本的にはゴム編み、つまり表目と裏目を交互に編んでいく編み方をします」
ゴム編みは、交互に編み目を変えていくことで、ゴムのような伸縮性を持つようになる編み方だ。
「模様を入れる部分はゴム編みをしないので注意してください。編み図に書いてあるので、しっかり確認してくださいね」
後で縄編みをするところは表目にしておく。表目と裏目の記号の説明をして、それぞれの編み方を説明する。
「まず、2本の針に作り目の輪が通っている状態ですが、片方の針を抜きます」
そして左手に輪が通っている方の針を、右手に抜いた方の針を持つ。これは抜くだけなので問題ない。左手の輪から出ている糸を人差し指にかけておく。
「表目は、左針の先を右に向けた状態に倒して、一番針先にある輪の手前側に、左から右に掬うように右針を入れます」
左針が手前になって交差している形である。この時、糸は棒の向こう側にある。ここから、右針と左針の間に糸を通し、そのまま右針の先で新しい糸を引き出し、輪を作る。
「輪ができたら左の針を引いて外します」
これで表目のできあがりだ。慣れてしまえば手元を見ずにできる動きだが、編み物初心者のソニアちゃんともう一人の子は動きがぎこちない。
「アユムさん、これでいいですか?」
「できてるよ。他の方も大丈夫そうですね」
編み物に慣れているだろう他の人たちも真剣に話を聞きながら、二人とペースを合わせながらやってくれている。有難いことだな、と思いつつ、次は裏目の説明だ。
「裏目も、左針の先を右に向けて倒すのは同じです。一番針先にある輪の手前側を拾うのも同じですが、今度は右から左に掬うように右針を入れます」
この時、糸は棒の手前側にある。右針が手前になって交差している形で、ここから右針の先に糸を一回掛ける。
「この掛けた糸を、上手く輪に潜らせて引き出します。できたら左針の輪を外してできあがりです」
裏目は、意外と糸を引っ掛けるのが難しい。慣れるまで暫く時間が掛かるだろう。一段目は、表目と裏目を編み図の通りに編んでいくだけだ。
「一段目が終わったら少し待っていて下さいね」
模様を入れていくのは五段目からだが、マフラーは往復編みなので、偶数段は逆から編むことになるので説明しないといけない。
「アユムさん……、裏編みがわからなくなりました……」
「もう一回やってみせるね」
自分の分を編みながら、質問があったらすぐに対応する。基本的にはソニアちゃんからだったが、偶に目を落としてしまった、とか、表と裏を編み間違えた、というトラブルもあり、一段目が終わる頃には昼が近付いていた。
「今日は二段目の説明をして、全体としては終了にします」
お昼ご飯の都合もあるし、編むのが早い人は自分だけで進めていけるだろう。長時間拘束するのも気が引けるので、残りたい人だけ残ってもらうことにする。
「二段目に入る前は、右針に輪が掛かっています。ので、右手と左手を持ち替えます」
この時、表と裏が逆になるので注意が必要だ。目を見ればどちらの編み方をすればいいのか判断できるので慌てず確認することが大切だ。
「二段目、四段目、六段目といった偶数の段は、裏から編むので編み図の指示と逆の編み方をします」
つまり、編み図で表目と書かれていたら裏目を、裏目と書かれていたら表目を編む。使う編み方自体は二つしかないので、一段目が編めたのなら二段目は簡単だ。
「今回の説明は以上です。お忙しい方は此処で帰られて大丈夫です。次回は、五段目の模様の編み方から説明するので、四段目まで編んでおいてください」
質問があれば何時でも来てくださいね、と言うと、女の子が一人立ち上がった。ソニアちゃんより年上の、編み物が得意な子だ。
「ごめんなさい、私、弟達が気になるので今日は帰ります」
「大丈夫ですよ。編み方は分かりますか?」
「はい。ありがとうございました」
他の五人は四段目が編み終わるまで残るようだ。特に、ソニアちゃんは時間がかかりそうだ。不器用というよりは、失敗しないように一針一針丁寧にやっているので時間が掛かっているのだ。
「アユムさん、合ってますか?」
「大丈夫」
出来るだけいいものを渡したい。そんな気持ちで一杯なのだろう。一人、二人と帰っていく中、一生懸命手を動かすソニアちゃんを見て、私も頑張ろうという気持ちになったのだった。
「ありがとうございました」
今日も無事に営業終了し、閉店作業を始める。苦戦していたソニアちゃんも、一度昼食休憩を挟んでからは編む速度が上がり、閉店時間よりかなり早く作業を終わらせて2階に戻っていった。
「他の人たちも、明日には次の段に進めそうな感じだったな……」
それぞれ、今日帰る前に予定は聞いておいた。全員、明日で問題ないと言っていたので、今回のメインである模様編みに入りたい。
「……四目交差にするから、八段で模様が一つになるけど、時間は大丈夫かな」
手順自体は変わらないのだが、縄編みの模様がわからないと理解し難いかもしれない。今日のうちに模様部分を少し編んでおいた方がいいだろうか。
「よし」
そうと決まれば作業だ。夕暮れの中で一人、手芸教室用の椅子に座り編み棒を手にした。
次回更新は3月20日17時予定です。