絡まる作り目
告知した翌日に編み物教室が開催、とかなり急なお知らせになったのだが、意外と興味を持ってくれた人は多いようで、来店したお客さんの殆どから教室について尋ねられた。
「……流石に、急すぎたこともあって参加してくれる人は二人だけだったけど」
店に飛び込んできた女性と、もう一人、ソニアちゃん達より少し年上の子が参加することになった。もう教会に勉強しにくる年ではないが、編み物に自信がないので参加するらしい。その子が参加を決めたのは閉店直前だったので、今頃慌てて朝市に道具を買いに行っているのかもしれない。
「正式開催一回目にしては幸先良い感じかな」
集合時間は、店の開店から三十分後にしてある。製作依頼をしていたお客さんが引き取りに来るのは開店直後が多い事と、五分前に集合しようとする人がいるとカフェを開ける時間が早くなってしまうからだ。
「後は、手本を見せる時に失敗しないように気を付けないと……」
手順の確認もできているので、後は人が集まるのを待つだけだ。各席に編み図を置きながら頷く。別に、人数分コピーすれば問題はないのだが、教室を定期的に開くのならホワイトボードのような物も欲しいな、と思う。共通の質問があった場合に一度に説明できる。
「アユムさん、カフェの方は開店しました」
「ありがとう、ソニアちゃん」
ホワイトボードを置くとしたらどのあたりが良いかな、と考えていたら、入り口の扉をほんの少しだけ開け、ソニアちゃんが顔を覗かせた。私の店が開くまでの時間はカフェの方のお手伝いをしていたようだ。服が汚れないように、作業用のエプロンを付けている。
「ソニアちゃんも準備ができたら来てね」
「はい。すぐに着替えてきます!!」
そう言うと、ソニアちゃんは階段を軽い足取りで降りて行った。昨日の夕方見せて貰ったのだが、ソニアちゃんが選んだ毛糸はシンプルな紺色で、男の子が使っても違和感のない色だった。
「好きな色、聞きに行ったのかな……」
見せてくれた時の照れくさそうな笑顔を思い出すと、ついつい私も笑顔になってしまう。相手の為を思って作ったマフラーが完成した時の喜びは格別だろう。今から楽しみだな、と思っていると、ソニアちゃんが荷物を持って戻って来た。
「アユムさん、もう座っておいても大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。お友達は迎えに行かなくてもいいの?」
「皆しっかりしてるので大丈夫です」
そう言うと、ソニアちゃんは準備しておいた席に座り、置いてあった編み図を真剣に見始めた。気になって仕方がないようだ。
「店主さん、おはようございます」
「おはようございます」
「昨日は突然すみませんでした……。よろしければ、此方を」
「態々ありがとうございます」
次に店に入ってきたのは、昨日の女性、ラウラさんだ。昨日の事を気にしていたのか、小さめのお菓子の詰め合わせを貰った。受け取らないと逆に気にしそうなので、有難く受け取ることにする。
「おはようございます」
「先生、おはようございます」
「ソニア、先に来てたのね」
「あ、皆」
「おはようございます」
ラウラさんから受け取ったお菓子をカウンターに置いている間に、続々と参加者が集まった。全員十分前集合である。特に道具を忘れてきた人もいないようなので、始めようと思えばいつでも始められる。
「全員が揃ったようなので、良ければ編み物教室を始めますが、皆様準備は宜しいですか?」
「「「大丈夫です」」」
全員が頷いたので、早速説明を始める。まずは、作るものの確認から。
「今回作るのは、縄編みのマフラーになります。難しいと感じる方にはゴム編みでマフラーを作って貰う予定です。どちらの模様を作るのかによって席の配置を変えたいので、教えて貰えますか?」
同じ物を作る人同士が近い方が作業しやすいだろう。そう思って聞いてみると、現時点では全員縄編みに挑戦するようだった。予備で作っておいたゴム編みの編み図をしまい、続きの説明を始める。
「では、早速始めて行きます。まず、マフラーの幅の4倍程度の長さの所で輪を作ります」
毛糸玉に繋がっている方が上になるように輪を作り、糸玉側の糸を輪の中に通し、引き出す。引き出したら糸端側の糸を引っ張って引き締める。これで最初の作り目が出来上がりだ。此処までは比較的簡単なので、全員問題なく作ることができた。
「では、この輪の中に、棒針を二本そろえて通します」
通したら、丁度棒針二本の大きさになるように、糸玉側の糸を引いて引き締める。此処からが意外と難しい。
「右手で針を持ちます。そして、左手の人差し指に糸玉側の糸を、親指に糸端側の糸を掛けます」
親指と人差し指を伸ばした時に、その間に針の先が来るような形である。初めてだと上手く糸を引っ掛けることができなかったりする。残りの指で糸を握り、ぴんと張る。
「あ、アユムさん。どうやったらいいですか?」
「糸玉側は人差し指と中指の間に通して、糸端側は親指の外側を通るように引っ掛けて」
そして、親指に掛かっている外側の糸を下から引っ掛け、人差し指に引っ掛かっている内側の糸を上からすくって親指に掛かっている糸の輪を上から下に通る。引き出したら親指に掛かっている糸を外し、引き締める作業を繰り返すのだが、中々言葉だけでは説明が難しい。
「こうですか?」
「これはきちんと引っ掛かってないから目ができないね」
何度か繰り返すうちにコツを掴むだろうが、初めての二人は少々時間が掛かりそうだ。慣れている人たちに、作り目は36目です、とだけ伝え、二人のサポートに入るのだった。
次回更新は3月19日17時予定です。