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女性とマフラー

「路地を歩いていたら、後ろから声を掛けられたんです。『何処から来た?』と」

 ランバート様から聞いた、最近現れる不審人物のことだろう。王都内に現れるとは聞いていたが、実際に付近で出現したと聞くと一層不安を感じる。だが、今は目の前の女性を落ち着かせる事が最優先だ。

「……返事をしましたか?」

 王都出身者以外が答えた場合、どうなるかは未だにわかっていない。返事をして、目をつけられたりしていなければ良いのだが。

「いえ。あまりに驚いてしまって……」

「返事はしていないのですね」

 確認すると、女性はコクンと頷いた。取り敢えず、下手な返答をしていないようで安心した。もう一度声を掛けられたとしても、次は王都出身だと答えるように伝えておけば大丈夫だろう。

「そのまま、角を曲がってすぐに目に入ったこのお店に入って。カフェだと外から見えるので、この店まで上がってきたんです」

「成る程」

 階段を駆け上がってきた理由も納得できた。カフェはどうしても通りから中が見えるようになっている。身を隠したい場合は不向きだろう。

「……この件に関して、騎士様に報告してもよろしいですか?」

「はい。勿論です」

 不審者の話を教えてくれたということは、ランバート様は調査にも関わっているのだろう。得られた情報を伝えた方がいいだろう。

「ご出身は?」

「南の方の、小さな街です。知名度が低いので、名前を言ってもわからないかもしれませんが……」

 王都の出身ではないらしい。この辺りに来たのは最近で、今日は仕事が休みだったので付近を散策していたらしい。

「どうして王都に?」

「ここ最近、魔物が増えていて……。田畑が荒らされて収入が減ったものですから、纏めて出稼ぎに来ているんです」

 畑仕事をしつつ、街を守るために男性は残り、手仕事や事務仕事のできる女性は王都まで稼ぎに来ているらしい。聖女様がいらっしゃったので、すぐに帰れると思いますけどね、と女性は明るい声で続けた。

「声を掛けてきた人物の特徴は覚えていますか?」

「……後ろから声を掛けられたので、顔は全く。でも、声は、懐かしいような声でした」

 今まで、声もどのようだったか思い出せない、という人ばかりと聞いていた。懐かしい、ということは何かと声が似ているはずだ。

「どなたの声に似ていたのですか?」

「……昔の、恋人です」

「本人という可能性は……」

 女性は静かに首を横に振った。その表情は少しだけ暗い。これは、聞かない方が良かったかもしれない。

「ありません。彼は、国境警備に向かったっきり、音沙汰ありません。同行された方から、任務中に逸れて捜索しても見つからなかったと聞いています」

「……すみません」

「いえ、気になさらないでください。過ぎたことですから。それより、声の特徴ならお話しできます」

 女性が言うには、その声は男性にしては少し高めで、穏やかな声音だったという。後は、王都の人間に比べてゆっくり話していたらしい。

「話す速度、ですか?」

「はい。王都に来てから驚いたのですが、この辺りの人たちは話すのが早くて。故郷では、皆もっとゆっくり話していたので最初は聞き取るのが大変でした」

「成程。ありがとうございます」

 意外と特徴がある声だったらしい。何故、他の女性たちが特徴を覚えていないか少々引っ掛かるが、気が動転していたのかもしれない。女性から聞いたことを簡単に紙に纏め終わり、内容に間違いがないか確認してもらう。

「ありがとうございます。この内容でお伝えしますね」

「はい。早く解決すると良いのですが……」

 女性も話をしているうちに落ち着いたようだ。長々と引き留めるのも悪いので、帰りやすいように先に私が立ち上がる。そのまま女性も立ち上がるかと思ったのだが、女性は軽く腰を浮かせたまま、ある一点を凝視して固まっていた。

「……何かありましたか?」

「これは……?」

 女性が見ていたのは、編み物教室のチラシだった。基本的に編み物は親から教わるものなので、教室という形で教わることを疑問に思ったのだろう。

「明日、此処で開く編み物教室のお知らせです。親が忙しく、編み物を付きっきりで教える時間がない子供を対象にして基本的な編み方を教える予定です」

「ここで、ですか?」

「はい。此処は手作りの装飾品を販売している店になりますが、装飾品に親しんでもらう目的で、販売だけでなく製作のお手伝いもさせていただくことにしているんです」

 教室の開催が正式に決まったのは最近だが、事実である。

「ここに描いてあるマフラーを作るんですか?」

「その予定です。少し難しいかもしれませんが、冬まで時間があるのでそれなりの出来にはなるかと」

 女性は、じっとチラシを見つめてから、一枚手に取り、裏返した。裏側には教室の日程や、必要な道具、受講料などが書かれているのだ。女性はその内容をしっかりと読んでから、私の方を振り返った。

「……これ、私も参加することはできますか?」

「はい。大丈夫です」

 こちらとしては、参加者が増えることは良い事なので断る理由がない。私は笑顔で頷いたのだった。

次回更新は3月18日17時予定です。

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