憧れの模様
「ソニアちゃん、何か、私に言いたいことがあるのかな?」
カフェの奥、キッチンに向けて、私は声を掛けた。ミサンガ教室を開いて以降、ソニアちゃんは私を見ていることが多かった。ずっと何か言いたげな視線を向けられていたら、気にしない方が無理というものだ。
「……アユムさん。気付いていたんですか?」
「流石にね。それで、気になっているのは、編み物教室の事?」
丁度、ソニアちゃんは編み物教室の対象になる年頃の筈だ。そう思って尋ねると、ソニアちゃんは小さく肩を跳ねさせた。ついで、顔が徐々に赤く染まっていく。図星を突かれただけではないだろう。この反応は、もしかして。
「あの、アユムさん。編み物、教えてくれるんですよね」
「その予定だよ。もう神父様からの許可も頂いているから、後は内容を決めて、告知するだけ」
「な、何を作る予定ですか?」
「それはまだ決めてないけど……」
すると、ソニアちゃんの表情がぱっと明るくなった。ちょっとごめんなさい、と断り、私の手元にある資料から一枚を取り出した。随分と古い日付の資料だ。
「よ、よければ、この時と同じものを、作りたいです」
「マフラー?」
「はい」
束ねられている資料を見れば、この年はマフラーの作り方を教えたらしい。ただ、マフラーは縄編みで模様が付けられており、他の年の教室に比べると少々難しいかもしれない。だが、丁寧に教えれば作れないこともないくらいの難易度だ。
「元々、帽子かマフラーにする予定だったから、構わないけど……」
「本当ですか?」
難しいかもしれないよ、という言葉は、嬉しそうなソニアちゃんの声にかき消された。マフラーなら、帽子と違って若干サイズがズレても問題なく使えるし、寸法も人によって変える必要がない。最初から最後まで同じ幅で編む、という事が初心者には難しいかもしれないが、その辺りはご愛嬌だろう。
「ただ、初心者だと模様を入れるのは難しいよ」
「だ、大丈夫です。頑張ります」
「……それぞれ、模様ありとなしを選べるようにしておこうか」
ソニアちゃんはやる気満々だが、全員がそこまで頑張れるとは限らないので選択肢を作っておくことにする。模様を入れない人は、ゴム編みだけで作って貰おう。模様を入れる人も、模様部分以外はゴム編みをするので、教えることはあまり変わらない。
「それにしても、どうしてこのマフラーに拘るの?」
この年以外にもマフラーを作っている年はあるし、他の模様を入れている年もある。そんな中で、大分前の年と同じ模様に拘る理由がわからないのだ。純粋に疑問に思って尋ねると、ソニアちゃんは小さな声で答えた。
「……それ、おかあさんが、初めて編み物教室に参加した年なんです」
「ジュディさんが?」
先ほど言っていたマフラーを作った年、という事か。初心者でこのマフラーに挑み、そしてプレゼントしたとは、ジュディさんはかなり器用だったのだろうか。料理の手際もいいのでその可能性は高い。
「成程、憧れのお母さんと同じものに挑戦したいんだね」
「……はい」
ソニアちゃんも、トッド君とターシャちゃんも、ジュディさんの事が大好きだという事は普段の生活から伝わってくる。憧れの人のまねをしたい、というのは当然の感情だろう。そう納得したのだが、ソニアちゃんは何故か私に手招きをした。
「……アユムさん」
「どうしたの?」
手招きに応じて屈むと、ソニアちゃんは照れたような笑顔を浮かべ、私の耳元にそっと口を寄せた。そして、小さな声で、こっそりと教えてくれたのだ。
「それもあるんですけど、私、マフラーをあげたい人がいて。おかあさんは、初めて作ったマフラーをおとうさんにあげて、幸せそうだから」
だから、私も、同じマフラーを、同じように渡したら。と、いう事なのだろう。身近に成功例があるので、真似をすることで験を担ぐということらしい。
「……おとうさんには秘密にしてくれますか?」
「勿論」
「ありがとうございます」
えへへ、とソニアちゃんは顔を真っ赤にしたまま笑った。随分とまあ、可愛らしいお願いだった。これは、なんとしても編み物教室を成功させないといけない。
「あの、教室って、何時から始めますか?」
「内容は決まったし、少し難しいから出来るだけ早くに開く予定かな。教会の方に話を聞いて、子供たちの予定も聞いて、材料も揃えたら早くて三日かな……」
最短で考えても、明日の朝に教会に伝えて、その夕方に子供たちから親に伝えて貰う。その次の日に準備の状況などから初回の開催日の希望を聞いて、早くてもさらに翌日になるだろう。大体一週間後に教室が開けたらいい方なのではないだろうか。
「私、女の子たちの予定、聞いてきます」
「え、ソニアちゃん?」
「晩御飯までは帰るので、心配しないでください」
「待って?」
それだけ言い残し、ソニアちゃんは瞬く間に外へと走っていったのだった。止める間もなくその後ろ姿は小さくなり、そして見えなくなった。
「…………恋する女の子のパワーって、すごいな」
静かな部屋に、独り言が響いた。
次回更新は3月15日17時予定です。