秋の催し
各手芸店を回り、編み物教室開催についての意見を集めた。結果、今まで子供たちに編み物を教えていた教会が許可したのなら問題ない、というのが地域の総意であり、学ぶ機会が設けられる事は喜ばしいと。
「良いお返事が貰えたようですね」
「はい。皆様、とても親切に対応してくださったので、用事も早く終わりました」
想像以上にスムーズに話が進んだ為、一緒に来ていたランバート様も早く帰ることができるだろう。変に気を遣わせないためにも、貰った石を早めに加工しなくては。
「ルイーエ嬢、この後のご予定は?」
「そうですね……。急ぎの予定はないので、帰ろうかと」
編み物教室をするなら、毛糸や道具が必要だ。しかし、現時点では何を作るかが決まっていない。先に資料を読んで、内容に合った物を揃えなくてはいけないので、買い物に行く必要はない。
「送ります」
「此処から近いですから、一人でも平気です」
トッド君とターシャちゃんだって二人で教会まで行ったりしているのだから、大丈夫である。
「最近、少々物騒な噂もあるので送らせてください」
「……物騒な噂?」
ジュディさん達からは聞いたことがない。ということは、騎士の間で流れている噂だろうか。私だけでなく、他の人の安全にも関わる話かもしれないと思い、詳細を尋ねる。
「物騒、とはいえ、ルイーエ嬢が心配している方々は関係ないかと思われます」
「そう、なのですか?」
「はい。なんでも、成人したばかりの年頃の女性を狙って声を掛けてくる不審人物がいるとのことで」
何とも怪しい話である。どうして成人女性なのか。しかも、誘拐ではなく、声を掛けるだけというのが不思議だ。
「声を掛けられた女性は、その時は普通に会話をするそうですが、後から違和感を抱き、他者に相談したことで発覚しました」
「後から違和感、とは、不思議ですね」
知り合いだと思っていて会話をしていたが、よくよく考えると全く知らない人物だった、という感じだろうか。似たような相談が相次いで発覚したのだろう。
「風貌は勿論、声もどのようだったか思い出すことができず、ただ質問された内容だけ覚えている、とのことです」
「どのような質問ですか?」
「『何処から来た?』と」
何処から。人の出入りの多い王都において、その質問はどの地域の出身か、という意味だろう。
「……答えによって反応は違ったのですか?」
「今のところ、王都出身の方しか声を掛けられていないそうなので、詳細はわかっていません」
だから、王都出身ではない自分の一人歩きを心配してくれたのだろう。そんな話をしているうちに、カフェに到着した。
「兎に角、ルイーエ嬢。出身地を聞かれても気軽に答えないでくださいね」
「わかりました。今日はありがとうございました」
「いえ。それでは」
心配そうに何度もカフェを振り返りながら、ランバート様は今度こそ帰って行った。
「……買い物の時は気をつけよう」
もしかすると、王宮からの追手かもしれない。私はこの国の地名や風土に詳しくないので、下手に解答するとボロが出る。ランバート様の言う通り、何も答えないのが一番だ。
「さて、教室の準備しなきゃ」
早いうちに日程と内容を決めて、教会の方から子供たちに告知してもらわないといけない。そのためにも、資料を読んでしまわなくては。カフェの扉を少しだけ開け、静かに中に入る。
「おや、アユム。戻ってきたのかい?」
「はい。ジュディさんは帳簿付けですか?」
「そうだよ。マメにやっておかないと大変だからね」
そう言ったジュディさんは、私が抱えている紙束を見て首を傾げだ。外から帰ってきたのに、買い物ではなく資料を持って帰ってくるとは普通思わないだろう。
「それはどうしたんだい?」
「編み物教室の資料です。教会に行って、開催について尋ねてみたら、今迄の資料を貸していただけました」
「神父様も編み物を教える人材が居なくなったことを気にしてくれてたんだね」
「はい。大変丁寧な対応をしてくださいました」
資料を広げるんならその机を使っていいよ。と、言われたので、隣のテーブルに書類を広げていく。すると、資料は年別に開催時期、場所、編んだ物が紐で束ねられている事がわかった。
「……毎年、このくらいの時期に編み物教室が開かれていたのですね」
「そうだね、夏から秋になる時期に始めて、冬の頭に完成させるはずだよ」
女の子たちが慣れない編み物をして手が痛い、と言い出すのが秋の風物詩らしい。そして、その時期になると男の子たちは女の子にちょっかいを出すのをやめ、編み物の様子をただ眺めるだけになる、と。
「どうして男の子まで大人しくなるんですか?」
「そりゃあ、好きな子から作った物を貰いたいからさ」
初めて作った編み物を、好きな男の子にあげると言うのが定番らしい。何とも微笑ましいイベントである。
「そう言う私も、初めて作ったマフラーをカルロにあげたのさ」
「そうだったんですか」
何枚かの資料を見たところ、編み物教室の内容は帽子とマフラー、作り慣れている子にはセーター類を作らせていたらしい。
「どっちにするか、決まったら教えておくれ」
ジュディさんはそう笑って、私の背中を軽く叩き、2階に戻って行った。さて、どうしようか。私は資料を見るふりをして、先程から視線を感じる、キッチンの様子を伺うのだった。
次回更新は3月14日17時予定です。