慣れない視線
「ありがとうございました」
最後のお客さんを見送り、閉店の準備を始める。手芸教室の終了後、次の開催についてなどを質問してくる人はいなかったのだが、子供たちの作業を見て組紐に興味を持った人は多いようだった。組紐を眺める人たちは多かったし、質問をされる回数も普段とは比べ物にならないほどだった。
「ポップも大活躍だったな……」
柄や色についての大まかな説明をポップに書いておいたお陰で、ある程度説明を省くことができた。基本的に聞かれたのは素材や使い方、注文方法や製作期間についてだった。素材と使い方に関しては、ポップを増やして説明を追加しても良いかもしれない。
「今日は、組紐の注文が四件と、ブレスレットが一件」
注文順に作っていくので、組紐を二つ、ブレスレット、組紐二つの順番である。ブレスレットは今日中に完成するだろうから、明日の朝には引き渡しができる。晩御飯の準備まで少し時間があるし、糸の準備をしてしまおうと店から出た時だった。
「あ、あの。アユムさん」
「あれ、ソニアちゃん。お帰りなさい。今日は早いんだね」
階段からソニアちゃんが此方の様子を伺っていた。毎日、食事の時間には世間話をしたりするものの、トッド君とターシャちゃんとは違って積極的に関わってくることがない彼女が三階に来るのは珍しい。
「今日は、お手伝いも少なかったので……」
「そっか。それで、もしかして私を呼びに来てくれたの?」
「あ、はい……」
ちらちらと階段下を見ながら言うので、ジュディさんからの言伝をしに来てくれたのだろうと判断した。ありがとう、と言って一緒に二階へと降りる。途中、ソニアちゃんがチラチラと私の方を見ていることには気づいていたが、何も言いだされなかったので深くは聞かず、キッチンへと入った。
「アユム~」
「みてみて!!」
夕食作りが終わり、配膳をしていると、上機嫌のトッド君とターシャちゃんが私の前に腕を突き出してきた。その手には、お互いがお互いの為に作った組紐がブレスレットのように巻き付けられている。
「もう付けたんだね」
「かっこいい?」
「かわいい?」
二人共、誇らしげに組紐を見せてくる。ターシャちゃんの手には、ピンクと黄色と白の可愛い組紐。トッド君の手には白と黒、青の三色のカッコいい系の組紐。それぞれ、とても似合っている。
「トッド君はとっても格好いいし、ターシャちゃんはとっても可愛いよ」
「「アユム、ありがと~!!」」
感想を述べると、二人は手を取り合ってにっこりと笑顔を浮かべた。そして、そのままジュディさんの所に行って、手をつきだして組紐を見せた。
「おや、二人共、今日作った組紐がそれかい?」
「「うんっ!!」」
「じゃあ、晩御飯を食べながら話を聞こうか」
それでね、つくるときにね、と二人は一生懸命、今日の手芸教室の話をし始めた。ジュディさんもカルロさんも時折頷きながら楽しそうに話を聞いている。
「さいしょはむずかしかったけどね、おねえちゃんといっしょだ、ってなってからはできたの!!」
「みつあみできないやつもいたけど、アユムがおしえたら、みんなできるようになったんだ」
「それは良かった。アユム、ありがとうね」
「いえ……」
私は私の仕事をしただけです、と返事をするが、ジュディさんは謙遜するんじゃないよ、とにっこり笑った。
「教えるのも上手いなら、手芸教室は定期的に開くのかい?」
「まだ検討中です。今日、見学をされる方はある程度いらっしゃったのですが、手芸教室をしてほしいとの声はなかったので」
希望者がいないのなら企画しても仕方がない。手芸教室をしている間はどうしても接客ができなくなってしまうし、もし開くとしても日時や内容、材料費等を考える必要がある。気軽に始めることはできない。
「確かに、一人で全部やるのは大変だからね。慎重に考えないと」
「はい。ゆっくり考えることにします」
「でもまあ、寒くなるまでに決めた方が良いかもしれないね」
「どうしてですか?」
何故、寒くなる前なのだろうか。別に手芸教室に時期は関係がないのでは、と思いかけて、気付いた。製作自体には時期が関係ないが、使用時には時期が関係ある、手作りのものが頭をよぎったのである。
「アユム、編み物は得意?」
「基本的なものなら作れます。得意、とまでは言いませんが、作るのは好きです」
毛糸を使用した防寒具の類は、冬が来る前、朝晩が少しずつ冷えてくることから作り始めないと間に合わないだろう。この国に来た時点で夏は終わっていたので、慣れていない人が何か作るなら、今の時期から作り始めた方が良いかもしれない。
「普通は各家庭で母親から娘に作り方を教えるんだけどね。ここらの子たちは親が店を持ってることが多いから、教会でシスターから教わってたんだよ」
「過去形という事は、何かあったんですか?」
「単純な話、人員交代の関係で編み物ができる人がいなくなったんだ」
今迄教えていた年配のシスターが地方の実家に帰り、新しく来た若いシスターは編み物ができないだけらしい。物騒な話ではないようで良かった。そこで、私が教えられるなら教室を開けば需要があるのではないか、という事だった。
「まあ、雑談みたいなものさ。頭の隅にでも覚えておいておくれ」
「はい」
ソニアちゃんからの視線をずっと感じたまま、その日の食事は終わったのだった。
次回更新は3月10日17時予定です。




