幸せ
あの日から変わったこと。一つ目。お店は今迄通り営業しているが、店内に魔法道具が増えたこと。盗難防止や、商品説明、お釣りの計算など、一人でも簡単に店を回せる便利な道具が次々と設置された。お客さんは最初、見慣れない道具に戸惑っているようだったが、今は新しい道具が増えるたびに楽しそうに見るようになった。
「アユム、きょうはごはんたべていく?」
「おとまりする?」
「ご飯は食べていくけど、お泊りはしないかな」
「「え~~」」
二つ目。トッド君とターシャちゃんが積極的に手伝ってくれるようになったこと。ただ、毎日晩御飯を一緒に食べるのか、泊っていくのかを聞かれるようになった。私の居場所を作ってくれていることは、とても嬉しいことだ。三階部分は借りたままなので部屋はあるのだが、今のところ、泊まると答えたことはない。ベルンハルト様が仕事で帰らない日は此方に泊まる、ということになっているのだが、最近は徹夜になるようなことは無いらしい。
「今日も迎えが来るでしょうから、泊りは無理だと思いますよ」
「ランバート様。こんにちは」
「「きしさま、こんにちは」」
「こんにちは」
三つ目。ランバート様が私の店の警備担当になったこと。一日一回、店を閉めるより少し早い時間帯に訪れるようになった。国に残ることを決めた日本人を保護するためらしい。見回りをしてもらわなくとも、国立魔法研究所から貰った防犯アイテムが沢山あるので大丈夫なのだが、犯罪予防の意味もあるのだろう。
「そうそう、アユム殿も招待されているとは思いますが、来月、お茶会がありますよね?母上がまた新作を頼みたいと言っていました」
「わかりました。では、明後日伺いますね。リアーヌ様によろしくお伝えください」
四つ目。リアーヌ様との関係は変わらない。が、同じ催しに参加することが増えたこと。夜会やお茶会の度に私を呼んで、参加するときに気を付けることを教えてくれるようになった。有難いことである。
「今日も問題なさそうですね」
「ええ、いつも通りです」
「では、そのように報告しておきます。そろそろ迎えが来ると思いますよ」
「少し早い気がするのですが」
「来る前に研究所の様子を見たので、間違いないかと」
五つ目。毎日、店まで送迎されるようになったこと。研究員たちの生活リズムが微妙に改善したこと。私の店が閉まる時間帯には迎えに来ることができるように、研究所の方が活動時間帯を変えたらしい。申し訳ない気もするが、人間的な生活に戻るのはいいことだろう。他にも変わったことはたくさんあるが、大きな変化はこのくらいだろうか。
「リシャール、まだいたのか」
「まだ、とは何ですか。もう戻るところです。アユム殿、ベルンハルトに何かされたら、すぐに我が家に逃げ込んでくださいね」
「トッドがまもるから、だいじょうぶ!!」
「ターシャも、たくさんおはなしきいてあげるね」
「そんなことは起こらない。余計な心配だ」
迎えに来てくれたベルンハルト様とは入れ違いに、ランバート様は帰っていく。後姿を見送ると、ベルンハルト様に手を差し出された。
「今日は夕飯に招かれていたな。下に移動しよう」
「はい」
右手をベルンハルト様と、左手をターシャちゃんと繋いで移動するのが、最近の習慣だ。トッド君は何故かベルンハルト様と手を繋ぐ。対抗心はあってもベルンハルト様のことが嫌いではないらしい。無言で手を握る姿はかわいらしい。
「そうだ。急ぎではないが、近いうちに研究所に来てくれ。もう少しで、アユムが言っていた、テレビ通話、というものが完成しそうだ」
「わかりました。明後日以外で調整しますね」
日本とこの国を繋ぐ技術も、日々進歩している。既に日本の実家と文通ができるようにはなっており、親にも色々とぼかした説明をした。海外の勤務先で出会った相手と結婚した、くらいの感じで伝わっている。テレビ電話が可能になったら、ベルンハルト様の顔を見せたいものだ。
「二人とも、仕事の話もいいけれど、少し休憩したらどうだい?」
「もうご飯の支度はできていますよ」
「ごめんなさい、すぐ行きます!!」
下から声を掛けられ、慌てて階段を降りる。この家族はとても優しいので、この間ご飯を食べた時に、第二の実家みたい、と零したら、実家じゃないのかい、と逆に聞かれた。それ以降、ご飯に招待される回数が増えた。最初は少し硬かったベルンハルト様も、今ではすっかり馴染んでいる。
「アユムさん、ベルンハルト様。今日は私もお手伝いしたから、たくさん食べてね」
「ありがとう、ソニアちゃん」
「ああ」
暖かい料理を口に運ぶ。それにしても、最初はいきなり異世界に召喚されて、聖女一行には置いていかれて、一体どうなることやらと思ったが、こんなに平穏な暮らしができるとは。それもこれも、周りの人が優しかったお陰である。
「どうした?」
「いえ。幸せだなと思って」
「そうだな」
ベルンハルト様に微笑みかけて、私は、幸せを嚙み締めたのだった。
本編完結となります。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
番外編は下記リンクよりお読みいただけます。
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