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返事

 研究所の仕事は儀式を執り行うところまでらしく、後片付けは王宮側が殆どやってくれるらしい。触られたくないものだけ研究員が持って撤収を始めている。そんな中、私はベルンハルト様に連れられ、控室に入った。

「ルイーエ嬢、日本に帰る筈では無かったのか」

「ベルンハルト様にお返事をしていないのに帰るような不義理なことはしません」

「だが、その服装は」

 ベルンハルト様は、私を上から下まで見て、言った。もしかすると、副所長から何も聞いていないのだろうか。そういえば、此方に来てから姿を見ていないので、持ち場が遠いのかもしれない。

「……これは、一人ではドレスが着られないのでこの服にしただけです。王族の方々もいらっしゃるので、簡素な服装をするわけにはいかないでしょう?」

「……………そういえば、ルイーエ嬢は研究所に泊まったままだったな」

「はい。着替える方法がないでしょう?」

 研究員は全員忙しいし、ドレスの着付けをできるような人もいない。服装に関して、あの時間帯に気付いた時点で選択肢など無かったのだ。ベルンハルト様は納得してくれたようで、私に頭を下げた。

「すまない。此方から提案するべきだった」

「いえ、確認しなかった私が悪いので」

「だが、良かったのか?返事をするために帰還の予定を遅らせて」

 納得してくれたと思っていたが、服装に関してだけだったようだ。私が何て答えようかを考えている間にも、ベルンハルト様は次の儀式まで時間が空くことなどを説明してくれる。

「今回の原因は俺にある。次の儀式までは、我が家で生活の保障を……」

「どうして、私の返事を聞く前に話を進めるのですか?」

「ルイーエ嬢はランバート伯爵家の提案も断っていただろう。その流れで話があると言われたら、当然、同じような話だと思うだろう」

 ルイーエ嬢は真面目だからな、どのような相手でも、自分で話をしようと思ってくれたのだろう。と、ベルンハルト様は私と目を合わせずに言う。私は、小さく溜息を吐いて、口を開いた。

「ベルンハルト様、質問です。ベルンハルト様は、研究員が長期間無断で仕事を休んだり、全く連絡がつかなかったり、または行方不明になっているとしたら、どうしますか?」

「……まずは本人との連絡を取るよう試みるが、不可能な期間があまりにも長い場合は、退職扱いにするな」

 ベルンハルト様は、質問の意図はわかっていないようだったが、返事はしてくれた。この調子なら大丈夫だろう。私はさらに質問を続ける。

「その研究員が長期間勤めている人ではなく、新人で、仕事が始まる一日目から連絡が取れなかった場合、どのような印象を抱きますか?」

「少なくとも良い印象は抱かないな。というか、そういった人物がまともな仕事をできるとは思えない」

 私もそう思う。どんな事情があったとしても、連絡を入れることは大切である。

「では、次に。私がこの国に来てから過ごした時間は、長いと思いますか?短いと思いますか?」

「それなりに長い部類に…………」

 そこまで答えて、ベルンハルト様は気付いたようだ。今の状況は、私を含めた日本人全員に当てはまるものだということを。だが、私は別にベルンハルト様を責めたいわけではない。

「その辺りは言い訳に近いですけれどね。そういう事情もあって、私は、日本に帰るつもりはありません」

 冷静に考えて生活していくのは難しい、と言うこともある。趣味であるハンドメイドで生計を立てることができて、尚且つ人の役に立てる。行き来する方法ができれば、上京して働いているのと大して違いはない。

「店には愛着がありますし、それに、研究が進めば、日本の家族に手紙を出すことくらいはできますよね?最終的に行き来する方法が確立されたら、日本で暮らしても此方で暮らしても、大した違いはありませんから」

この世界で生活していくデメリットは、殆どないのだ。しかし、最終的に日本に帰らないことを決めた理由はそれではない。他の要素を上回るほどの、この国に留まりたいと思える理由があったからだ。私は、ベルンハルト様の方を無言で見つめた。

「私の返事、聞い……」

「ルイーエ嬢」

 聞いていただけないのですか。そう尋ねようとした。が、その言葉はベルンハルト様にさえぎられた。私が口を閉じると、ベルンハルト様は困ったように笑った。

「……若干、格好がつかない部分は許してくれ。日本式のやり方は詳しくない」

 そう言って、ベルンハルト様は私の手を取り、目の前で膝をついた。そして、まっすぐに私の目を見上げ、言う。

「どうか、俺と結婚してくれないだろうか」

「はい。喜んで」

 私が頷くと、ベルンハルト様はどこから取り出したのか、緑色の石が付いた指輪を取り出した。指輪は付けたら丁度いいサイズになるらしい。そういうところは日本と違うようだ。私は少し笑って、ベルンハルト様に指輪をはめてもらった。

「……幸せにする」

「既に幸せですよ」

 ベルンハルト様ほど優しい人は他にいないだろう。私は、いつもように差し出された手を取って、歩き始めたのだった。

次回更新は9月12日17時予定です。

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