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帰還の儀式

 ベルンハルト様を呼びに来たクルト君は、私が控室の前にいることに気付くと目を丸くした。

「ルイーエ嬢!?その服装ってことは……」

「あ、これは、準備が間に合わなくて……」

「とにかく、早く行きましょう!!間に合いません!!」

 大慌てのクルト君に急かされ、会場の方へ向かう。ベルンハルト様は部屋から出てきていないが大丈夫なのだろうか。儀式に遅れるようなことは無いと思うが、何となく心配である。

「ここに並んでいてくださいね。ボスからの説明が終わったら、すぐに始まるので」

「あの、クルト君。私、ベルンハルト様に話が……」

「じゃあ、僕は行きますね!!」

 少しでもいいからベルンハルト様と話をしたい。そう思っていたのだが、クルト君は私の話を聞かずに戻って行ってしまった。改良を重ねたとはいえ、儀式には大量の魔力が必要になる。研究員の殆どは魔力を供給する係なのだろう。

「どうしよう……」

 それにしても、困った。私は魔法が使えない。遠くからベルンハルト様に声を届けるようなことは、道具が無ければできないのだ。今から人波を掻き分けて移動するのは迷惑になってしまうだろう。諦めるしかなさそうだ。小さく溜息を吐いた、その時だった。

「…………類家さん?」

「あ。聖女の……」

 後ろから声を掛けられ、振り向くと、聖女が立っていた。もう聖女ではないし、本人が望んで聖女になったわけでもないので名前で呼ぶべきとは思うのだが、本名が分からない。言い淀んでいると、気にしなくていいですよ、と彼女は笑った。

「落ち着かない様子ですけれど、大丈夫ですか?」

「あ、はい。話をしておきたい人がいたのですが、タイミングが合わなくて……」

「そういえば、類家さんは此方の人との交流も多いのでしたね」

「……私は旅に出なかったので」

 純粋な事実として口にしているとはわかっているが、旅に出るしかなかった聖女に言われるとちょっと心苦しい。そんなつもりはないとは、わかっているのだが。

「それにしても、今が忙しいということは、話したい相手というのは魔法研究所の所長さんですか?」

「はい。朝一番で話をしようと思っていたのですが、研究所にいなかったので……」

「成程……」

 溜息を吐きながら事情を説明する。幾つかの質問に答えながら話を終えると、聖女は少しの間、私の顔と何処か別の場所を交互に見た。そして、小さく頷いたかと思うと、私に微笑みかけた。まさしく、聖女の微笑みと言わんばかりの優しい笑顔である。

「類家さんがどうするつもりか、大まかには理解しました。ですので、私にお手伝いさせてください」

 今後の方針を具体的に口にしたつもりは無かったのだが、聖女にはわかったようだ。とはいえ、お手伝いと言っても、何をどうするつもりなのだろう。首を傾げると、聖女は私に手招きした。耳を寄せろ、ということらしい。

「まずは、類家さんが懐に忍ばせているそれを、私に渡してください。大丈夫です。どうしたらいいのかは分かっているので」

「…………本当に、察しが良いですね。それも聖女の力ですか?」

「いえいえ。元々、人とお話することは好きなので。心理学の分野ですよ」

 任せてくれますか、と聖女が微笑む。この人なら、悪用することは無いだろう。私は無言で、服の中に隠し持っていたものを手渡した。かさり、と小さな音が鳴る。

「それから……」

 聖女の話を聞いたところで、人たちが動き始めた。本格的に儀式が始まるようだ。私は聖女とは別れ、他の人たちに道を譲りながら、ゆっくり移動したのだった。


 儀式に参加する日本人たちが魔法陣の上に移動したところで、ベルンハルト様の説明が始まった。少し離れた場所にある台座に立ったベルンハルト様は、いつもとは違い、明るい色味の正装をしていた。青い色味のブローチが、遠目からも輝いていることがわかる。

「本日これより、日本に帰還するための儀式を執り行う。安全性については、国立魔法研究所が保証する」

 一刻も早く帰りたい、と言う人が多いからだろう。こういった式典の割には挨拶の言葉は短かめだ。

ベルンハルト様は必要最低限の説明を終えると、すぐに台から降りた。

「それでは、しっかりと魔法陣の中に入ってください」

 足元の魔法陣を確認する。私が立っているのは丁度端の部分だ。線の上に立っていたら体がバラバラになってしまう可能性があるので、注意が必要だ。

「全員、魔法陣に入りました!!」

「では、儀式を開始する」

 淡々とベルンハルト様の指示が飛び、魔法陣が光り始める。全員、魔力を込めることに集中しているのか、今なら誰も、私を見ていない。

 私は、無言で一歩踏み出した。次の瞬間、魔法陣が光り輝き、儀式が無事に完了したことがわかる。

「ルイーエ嬢、どうして……」

 ぽつん、と一人会場に残った私に、呆然とした声が掛けられる。私は振り返り、ベルンハルト様に微笑んだ。

「ベルンハルト様、お話したいことがあります。今、お時間よろしいでしょうか?」

次回更新は9月11日17時予定です。

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