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頼りになる人

「すみません、ベルンハルト様。日本とこの国を行き来する方法に関する研究とは?」

 聖女召喚の失敗を繰り返さないために、日本から人を召喚することはしない、という方針だったはずだ。行き来する方法を確立するということは、また何かあったときに召喚される被害者が出るということなのではないか。

「ルイーエ嬢には説明していなかったか?言葉の通り、日本に帰ることを希望している者が、再びこの国に来るための方法の研究だ」

「聞いていません」

「王宮からの命令だ。日本に帰ることを希望していても、既にこの国に家族がいる者が殆どだ。故郷には帰りたいが、今までこの世界で暮らしてきた家族と永遠に離れることは辛い。そう言った葛藤を解決するために、日本と此方を往復する手法を考えろ、と言われた」

「再び召喚する、という訳ではないのですね?」

「具体的な案としては、帰還の際に使用する異世界転移チャームと本人を媒体にしてこちらの世界に移動させるというものだ」

 つまり、無関係の人を召喚することは無いらしい。今回の儀式で日本に帰る人には説明しないが、手法が確立し次第、連絡をする予定だという。

「ですが、今後は瘴気対策の研究を行うのですよね?技術の確立まで、かなりの時間が掛かるのでは?」

「瘴気対策は他の研究所と合同で行う。そのため、数人は手が空くことになるからな。クルトを中心とした班をこの研究に充てる予定だ」

 そして、世界を超えること自体は前例があるので、瘴気対策ほど難航しないのではないか、ということだ。そのため、私を含めた、今回召喚された八人は、少しでもこの国に残る意思があるのなら戸籍を作っておこう、という話になっているらしい。

「気が向いたときに此方に来る、ということにするのなら、当然ランバート伯爵家の方が気楽でいいわよ?勿論、新しい娘として歓迎するけれど、貴族らしい振る舞いが必要という訳ではないわ。アユムが行きたいと思わないのなら、社交はしなくていいわ」

「いえ、そこまでしていただくのは……」

 リアーヌ様は嬉々としてランバート伯爵家に入らないか誘ってくださるが、待遇が良すぎる。何もしていないのに生活が保障されるなんて、都合がいいにも程があるだろう。相手が良いと言っているのだから有難く受け取ればいい、という意見もあるが、私は仕事もしていないのに報酬を貰うのは苦手だ。

「母上、ルイーエ嬢が困っています。少し、整理する時間も必要でしょう」

「……それもそうね。アユム、一気に話をしてごめんなさいね」

「いえ。リアーヌ様が私を評価してくださっているのは、とても嬉しく思っています」

 話す勢いに圧倒されていたものの、リアーヌ様が嫌という訳ではない。私のことを思って行ってくださっていることは理解しているので、その気持ちは純粋に嬉しい。とはいえ、いきなり娘になるというのは少々抵抗があるけれど。

「何かあればすぐに来るといいわ。例え、相手がビオ卿だったとしても、必ずアユムを守ってみせるわ」

「ルイーエ嬢に危害を加えるようなことはありませんので、大丈夫ですよ」

 リアーヌ様たちは儀式に参加するので、その時に返事をすれば良いと言ってくれた。今日のところは解散するようで、リアーヌ様は机の上に置いてあった養子縁組申請書を片付けた。

「ランバート伯爵夫人。本日はありがとうございました」

「ええ、有意義なお話ができて良かったわ」

 ベルンハルト様が立ち上がり、リアーヌ様に挨拶をする。部屋の外には案内役が立っており、そのまま玄関まで移動する。既に馬車は移動しており、私たちを待っていた。

「…………今日はもう研究所に戻った方がよさそうだな」

「そうですね、思ったより時間が経っていたみたいですから」

 馬車から延びる陰の長さが大分変わっている。特に急ぎの用事があるわけではないので、研究所に戻った方が良いだろう。馬車に乗り込み、椅子に座ると、一気に疲れが襲ってきた。

「運動をしたわけでも、集中力のいる作業をしたわけでもないのに、疲れましたね……」

「今回は相手に理解してもらうことが目的だったからな。不安が解消されて緊張が解けたのだろう」

「確かに、ホッとしました」

 カフェの一家も、ランバート様とリアーヌ様も、とてもお世話になった。できる限り事情を理解してもらいたい、といった気持ちがあったのは事実だろう。

「ベルンハルト様、今日はありがとうございました」

「付き添いをしただけだ。特に何もしていない」

「事情説明は殆どしてくださったでしょう?」

「どの部分に情報制限が敷かれているかを把握していたからだ。それに、ルイーエ嬢の役に立てるいい機会だったからな」

 どうだろう、俺の評価は上がっただろうか。と、ベルンハルト様は悪戯っぽく言った。私が気にしないように、敢えてふざける様な口調で言ってくれているのだろう。私は、小さく息を吐いた。

「……はい。とても、頼りになりました」

「…………そうか」

「はい」

 その後、研究所に到着するまで、私たちは無言だった。しかし、居心地が悪いとは感じなかったのだった。


次回更新は9月7日17時予定です。

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