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当たり前のこと

 私とベルンハルト様が行う実験は、かなり単純なものだ。条件を変えて作った相生結びに魔力を流し、変化を記録する。データの信頼性を高めるために、同じ条件で五回ずつ実験を行う。本当はもっと回数を増やしたいのだが、時間がないこと、私の負担が増えることから今の回数に決定した。

「空間スキル持ちのルイーエ嬢が魔力を流した場合、日本人との子供である俺が魔力を流した場合、完全にこの世界の人間であるクルトが魔力を流した場合での実験結果は揃ったな」

「研究所で用意した材料で作ったものは全部千切れてしまいましたね」

「一方で、工房の材料で作ったものはルイーエ嬢が魔力を込めた場合のみ、千切れずに形を保っている」

 おそらく、私が持っている魔法付与スキルが原因だろう。作る途中、何も考えないようにしているので効果のある魔法は付与されていない。しかし、スキルから生み出された工房の素材を使っている時点で僅かに魔力に耐えることができ、そこにスキル所持者である私の魔力が入ることで、物体が強化されているのだろう。

「私が魔力を流した場合、魔力に耐えられるように強化する、ということに魔力が使われるので、千切れないのでしょうか?」

「魔力の方向性が自然と定まり、消費することで千切れていないと考えるのは妥当だ。しかし、他の空間スキル所持者にも協力して貰わなければ、断定は難しいな」

「そうですね。安全であることが第一ですから」

 一刻も早く帰る方法を見つけることは重要だが、安全に帰ることができないなら意味がない。希望している全員が、安全に帰ることができるように最善を尽くそうと思うと、確かめることは増える。後々、確かめられないことも出てくるだろうが、それはその時考えるしかない。

「今日はこの辺りで打ち止めだな」

「そうですね。次は魔法付与をした作品を実験ですか?」

「その予定だが、ルイーエ嬢の体調と相談する必要がある」

 別に、体調に問題はない。会議で少々疲れたような気もするが、あくまで気持ちの問題だ。体力的なことを言うなら、接客や掃除をしていないので余裕があるし、作業をする集中力も問題ない。

「普段から注文品を作っているので、まだまだ余裕はありますよ」

「通常の装飾品には魔法付与はしていないだろう。次の実験に使う作品は、全て魔法付与を行ってもらう必要がある。製作時間や労力が変わらなくとも、魔力の消費量が変わる」

 ベルンハルト様のいうことは確かだ。しかし、一つ作るたびに魔力を消費するなら、余裕がある時に少しでも多く作っておいた方がいいのではないか。眠れば魔力が回復するのだから、枯渇する直前まで作る方が後々楽だろう。

「今回付与する効果は今迄にない効果だ。万全の体調でも、一つ作れば魔力が枯渇し、倒れる可能性だってある」

「まだ試作品ですし、一回で思うような付与効果が出るとも限らないと思いますが……」

 それに、作るものが小さければ込める魔力も小さくなる。実験で作っている相生結びの大きさなら、そこまで効果が大きいものにはならないだろう。狙い通りの効果が出たとしても、体調に問題は起きない。そう思ってベルンハルト様の方を見た。

「安全第一は、実験段階でもいえることだ。作るとしても、明日の朝、十分な睡眠と食事をとったうえで、人目のある状態で行ってもらう」

「…………はい」

 肩に手を置き、しっかりと目を合わせ、いつもより低い声で言われた。いいえ、という言葉を言わせる気など一切ない。私が頷いたことを確認すると、ベルンハルト様は溜息をついて手を離した。

「今回の研究に関して、ルイーエ嬢にしかできないことは多い。必然的に仕事も多くなるだろう。だが、無理はしないでほしい。誰も、ルイーエ嬢の健康を損なってまで研究を進めたいとは思っていない」

「……はい。すみません」

 少し、焦っていたのかもしれない。会議で聖女が帰りたいと口にして、自分の意見も求められ、ベルンハルト様から驚く話をされ、動揺していたのだろう。難しいことを考えないために、実験に没頭しようとした。結果、危ないことをしかけるなんて情けない。

「理解してくれたのなら構わない。明日に備えて、十分に休んでくれ」

「わかりました」

「部屋まで送る」

 差し出された手に、自分の手を重ねる。最近は自然に行うようになったが、日本では日常的にエスコートをされることなんて無かった。違和感なく、当然のようにベルンハルト様の手を取れるようになるだけの時間が、経っているということを急に実感した。

「ルイーエ嬢?」

 私が動き出す気配がなかったからか、ベルンハルト様が振り返る。私は小さく首を横に振り、誤魔化すように笑った。

「何でもないです」

 時間が、経っている。私の中の常識が変わるだけの時間が。そのことを理解した瞬間、私が感じたのは、郷愁だろうか、それとも、別の感情なのだろうか。暗い廊下を、ベルンハルト様が魔法で照らす。魔法も、当たり前になってきたな。そんなことを考えながら、私は部屋へと歩き始めた。


次回更新は8月30日17時予定です。

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