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申し込み

 役人が部屋から出ていくと、私たちも移動するのか、無言でベルンハルト様に手を引かれた。動作自体は丁寧で、強引な印象を与えないものだが、何も言わずに移動を始めるのは珍しい。

「あの、ベルンハルト様?何か急ぎの用事でもありましたか?」

 私が聞いていないだけで、早めに終わらせておきたい実験などがあったのかもしれない。そう思って訪ねるも、ベルンハルト様からの返事はない。無言で廊下を歩いていく。付いていけないほどの速度ではないが、いつもより、少しだけ速度が早い。

「えっと、実験室、通り過ぎましたけど……」

 実験室に用事はないのだろうか。それなら、どうして私を連れて移動しているのだろう。無言だし、歩くのは早いし、いつもと様子が違うことはわかるが、どうして違うのかはわからない。

「…………此処、所長室ですよね?」

 無言で歩き続けた結果、到着したのは所長室。ベルンハルト様の部屋だ。静かに扉が開かれ、中に入るように手を引かれる。内密の話でもあるのだろうか。よくわからないまま部屋に入ると、ソファに誘導され、向かい合うように腰を下ろした。

「あの、ベルンハルト様。何か、他の方に聞かれると不味いお話でも……?」

 現在、私は国立魔法研究所預かり、ということになっている。もしかすると、早く研究所から出て行けという話かもしれない。そういった個人的な話なら、他の研究員の耳に入らない場所でする理由もわかる。

「ルイーエ嬢に来ている、申し込みについての話だ。大変言い難いことだが、これだけは、先に言っておく必要がある」

「あ、はい。そう、ですよね。いつまでも研究所のお世話になるわけにもいきませんから、帰ることも視野に入れつつ考えたいと思います」

 ようやく口を開いたベルンハルト様の言葉に、できる限り冷静に返事をする。わかっていたことだ。幾ら研究員や、ベルンハルト様が友好的に接してくれているとはいえ、いつまでも此処にいるわけにはいかない。帰るかどうか、まだ完全には決められていないとはいえ、もう暫くこの国に滞在する以上、生活のことを考えなくては。

「…………視野に入れる?」

「はい。取り敢えず、この付近で借りられるしっかりとした宿などがあれば其方に移ろうと思うのですが」

「待て。何の話をしている?」

「何、と言われても……。研究が長引く間、ずっと研究所にいるわけにもいかないので、養子縁組などの申し込みについて真剣に考えて、出ていくという話ではないのですか?」

 王宮が私を研究所に預けたのは、研究を進めるために近くにいた方が都合よく、尚且つ所在がはっきりとするだろう。ならば、きちんと住所等を伝え、研究所にすぐに来ることができる位置であれば問題はないはずだ。

「そんな話はしていない。ルイーエ嬢が研究所に住むことに関しては問題ない。むしろ、安全面を考えると、研究所に住んでいて貰うのが一番だ」

「では、ベルンハルト様は一体、何の話を……?」

「先程、役人が言わなかったもう一つについてだ」

 把握しておいた方がいい申し込みは、全部で3件だった。キアン様からと、リアーヌ様から。どちらも養子縁組の話ということだった。最後の1件については、聞く前に役人は帰ってしまったので情報がない。

「ベルンハルト様は、最後の申し込みについて、何かご存じなのですか?」

 現時点では、この国で生活していくにしても貴族の家に入ることは考えていないが、申し込みをした人については把握しておきたい。キアン様とリアーヌ様と並ぶということは、かなり凄い人なのだろう、きっと。

「何か知っているというよりは、殆ど全て知っている、という方が正しいが」

「ベルンハルト様がはっきり言わないのは珍しいですね。教えていただいて大丈夫ですか?」

「………………申し込みを出しているのは、ビオ家だ」

 ぽつり、とベルンハルト様が言う。ビオ家。ビオ、魔法卿。つまりは、ベルンハルト様の家である。それなら、当然殆ど知っていてもおかしくはないが、ここで頭に浮かぶのは、何故、ベルンハルト様はこのことを言い難いと思っていたか、である。

 ベルンハルト様が、私を気にかけてくれているのは理解している。常識がない私が困らないようにいつも助けてくれている。今回も、その延長で手助けをしてくれる、ということだけなら、言い淀む理由がないのだ。

「そう、だったんですね。それは、ベルンハルト様のお父様も、日本人ということで、私の境遇に何か思うところがあったのでしょうか」

 ベルンハルト様と目を合わせていることができなくて、言いながら下を向く。すると、丁度ペンダントが目に入った。深い緑色のペンダント。そういえば、この石を渡された理由も、まだ聞いていなかった。でも、何だろう。これ以上は、聞いてはいけない気もするのだ。

「養子縁組の申し込みではない。ルイーエ嬢に、我がビオ家は、俺は、婚約を申し込んでいる」

 ペンダントと同じ、深い緑色の瞳は、私だけを映していた。


次回更新は8月28日17時予定です。

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