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複雑な手続き

 これまで起こった出来事を考えれば、聖女がこの国に残りたくないと思うのは当然だろう。王宮の役人も、装置の解析を担当している研究員も、予想はしていたのか動揺している様子はない。

「……聖女の意向は把握した。他に、現時点で帰りたいと思っているのなら、この場で伝えて貰えると有難い」

 ベルンハルト様は、そう言って私たちの方を向いた。ないとは思うが、帰りたい理由を言及されて聖女が傷付かないように、という配慮だろう。その配慮が無駄にならないようにと、私は口を開く。

「私はまだ、そこまで考える余裕が無かったので決めていません。もう少し、研究が落ち着いてから考えようと思います」

「ああ。重要なことだからな、自分で納得がいくまで考えた方が良い」

 一人が言えば、他の人も言いやすくなる。聖女以外は日本に帰るかどうか、考える暇はなかったようで、次々とまだ決まっていない、と口にした。全員の意向を確認したところで、ベルンハルト様は役人の方に向き直った。

「質問は以上だ」

「では、他の方は……」

 室内を見渡しても、他に質問をする人はいないようだ。ならば、研究には直接関係がないことだが、先程気になったことを聞いてもいいだろうか。私は、そっと右手を挙げた。

「あまり関係がないことですが、質問をしてもいいでしょうか?」

「勿論です」

「直近の儀式で召喚された人物は、確認事項が多いと仰っていましたが、それはどういうことでしょうか?」

 連れてこられているため、元の戸籍がない、ということだろうか。それなら、寧ろ日本への帰還を希望している場合、戸籍がある過去の召喚でこちらに来た人の方が確認事項は多そうなものだ。人によっては既に子供がいたりするのだから。

「何れお話をする予定でしたが、この機会にお伝えしておきましょう。今回、聖女召喚について大幅な見直しが行われた結果、此度の召喚で我が国に来られた方々に関しては、記録に残してもいいか本人に許可を得るところから始めることになっています」

「……それは、全員が希望すれば、今回の聖女一行のたびについて、一切の記述が歴史に残らない、ということでしょうか」

「はい。人々の記憶から完全に消すことはできませんが、王宮史や、その他の書籍など、記録が残るものに記載することを禁じる準備がされています」

 王宮史というのは特別な魔法と道具を使って綴られるものらしく、一度書くと記述を変えることはできないらしい。よって、過去の聖女一行の記載を消すことはできないのだが、今代の聖女一行に関しては、本人たちの希望を聞いたうえで決めることになったらしい。

「記録に関しては、後日ご返答ください。また、日本と我が国、どちらの生活を選ばれても手続きがございます。日本に帰られる場合でも、我が国での戸籍や財産等を残したうえで戻られるのか、一切受け取らずに戻られるのか、など確認させていただきます」

 そして、この国に住むことを決める場合、王宮の保護を受けて生活をしたいのか、どこかの家に養子や伴侶として入るのか、それとも一般市民として暮らしていきたいのか、希望調査が行われるらしい。

「一般市民として暮らしたい場合でも、経歴は重要視されます。希望する生活に最も適した経歴を王宮側と話し合って作る、ということになります」

 地方の村に行きたいのなら、何故その村に向かったのか理由がないと受け入れられない、ということだろう。最大限此方の要求に沿うために手続きが複雑化してしまっている感じなのだろう。

「希望される場合、他国での生活も可能です。また、貴族からの縁談や養子縁組の申し込みに関しては、王宮の方で対応しておりますが、興味があれば一覧をお渡ししますので後ほどお声がけください」

 今回の事件で負い目があるとはいえ、王宮側がかなり気を遣ってくれていることがわかる。説明は以上らしく、私に向かって頭を下げた役人に、こちらも頭を下げる。

「では、以上で本日の会議を終了とさせていただきます」

 次回は3日後に行うことが決まり、解散となる。真っ先に他の研究所の方々が部屋を出ていき、次いで聖女一行が役人の一人に案内されて出ていった。私も後に続いて出ようとしたその時、先程まで司会をしていた方の役人に声をかけられた。

「類家歩様。お話があるのですが……」

 ちらり、とベルンハルト様の方を見る。クルト君たちと話をしており、しばらく移動はしないだろう。

「はい。何でしょうか?」

「先程の、縁組等の申し込みについてです。王宮側に全てお任せいただいてもいいのですが、幾つかお耳に入れておいた方がいいかと思いまして」

「……そうですね。教えていただけますか?」

 ある程度自分で把握しておいた方がいいだろう。そう思って頷くと、役人は私以外に聞こえないよう、少しだけ声を潜めて説明を始めた。

「はい。まず、ネイジャンのキアン様から専属装飾人のお誘いがあります。おそらく、ネイジャンの貴族との養子縁組をするものかと。国内ではランバート伯爵家から養子縁組のお話が一件と、もう一つ……」

 言いかけた瞬間、ベルンハルト様が私の隣に移動してきた。クルト君たちとの話が終わったのだろう。だが、もう少し待ってもらえないか聞こうと思った時だった。

「……残りは、此方から言わない方がよさそうですね。本日はこれで。また、何かあればご連絡ください」

 にっこりと笑って、役人は去っていったのだった。


次回更新は8月27日17時予定です。

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