貧弱な工房
そんな波乱の日から一週間。私は、無事に家に帰りパスタを食べた、訳ではなく、何故かレンガ造りの建物の一角にある部屋にいた。大変驚いたことに、聖女とか召喚とか言っていたのはドッキリ企画ではなく、本気で召喚されてしまっていたらしい。
理由はよくある感じと言ったら失礼だが、国のあちこちから瘴気が噴き出すようになり、その付近に魔物が発生するようになったので聖女の力で何とかしてほしい、とのことだった。自分の国の中から聖女選べよ、とは思ったが、異世界から来ないと駄目らしい。
なんでも、異世界から来た人物だけ、空間に関わる特別な力が与えられ、その中の一つが聖女の力だそうだ。つまり、聖女の力を持っている人がくるまで何回も召喚することになる。男性には絶対に与えられないらしいので、女性に限定することである程度確率が上がるといっても一回で聖女が召喚出来たためしはないらしい。
今回は比較的状況が切羽詰まっていたので何回も儀式をする余裕が無い。その為、八人一気に召喚するという暴挙に至ったそうだ。
「巻き込まれた側からすると、どうでもいいから帰らせてほしい……」
今迄、一発で聖女を召喚出来た例がないという事は、他のスキルを与えられた人が少なからずいた筈だ。私も含め、水晶に浮かび上がった文字からして戦闘向きで無さそうな人は沢山いた。だから当然、帰る方法はわかっていると思っていたのだ。
「絶対怪しい……」
だが、帰りたいという発言に対する返答は、今は不可能、だった。なんでも、全ての瘴気が祓われると元の世界に戻るための力が聖女に与えられるとか言う事だったが、どう考えても怪しい。絶対帰る方法ないやつである。
だというのに、他の七人は偉そうなおじさんの言葉を信じ、宴が終わると早々に旅立ってしまったらしい。一晩考えさせてください、と保留して他の場所に泊まっていた私は、見事に置いてけぼりとなったのだ。いや、翌朝話を聞いて、頑張れば追い付けなくもなかったが、追いかけなかったのだ。
「城に残るべきだったかな……」
いや、でもそれはそれで危険だった。追いかけないことを決めた時、当然、これから私はどうするのかと聞かれた。偉い人曰く、聖女様たちが役目を終えて戻ってくるまで城に滞在してくれて構わない、とのことだったが裏があるとしか思えない。ある程度生活を保障しておけば人質として手元においておけるだろう、とかいう魂胆が透けて見えていた。
どう見ても平民出身っぽいからって馬鹿だとは限らない。違う世界から来たのなら教育水準だって違う。偉い人にはそれがわからんようだった。隙があったからこそ城を脱走して無事に城下町に逃げ込むことができたのだが。
「暫くは生きていけるけど、どうやって収入を得るかだよな……」
宴に参加した時に、無駄に飾り立てられたお陰で暫くの生活費は確保できている。疑われてはいけないので宴で別の人もつけていたような、一般的な装飾品を違う店で別々に売って金を作った。そして城から少し離れた場所で、外から来た人間を受け入れていそうな宿を取ったのだ。
「金銭的余裕があるうちに、生活を安定させないといけないけど……」
正直、文化レベルが違う。最初におじさんを見た時に中世かな、と思ったが、本当にその位の文明だった。まあ、人間を召喚したり魔物が出て来たりしているだけあって、軍事的にはそこそこ発展しているようだが、一般人はちょっと魔法で家事ができるけど面倒なことが一杯の生活だった。
「コインランドリーの代わりに魔法による洗濯屋とかあるけど、そう言うのは無理」
魔法で生計を立てている人はいるものの、大部分はちょっと前の職業と同じ、というのが一週間で分かったことだ。どうせ魔法は使えないので既存の職業からできそうなものを選べばいい、と思っていたのだが。
「第三次産業の割合が低い……」
そう、中世並みの文化という事は、第一次産業と第二次産業が大部分を占める。サービス業は少なく、宿屋とかは基本的に代々継いでいくものである。農業とかの第一次産業も家を継いでいくものだろう。よそ者の私が身を立てていくなら、第二次産業、つまり、ものづくり系しかない。でも、一体何ができる。
「あ」
その時、水晶玉に移った文字を思い出す。本当にあの力が使えるのなら、生計を立てることもできるのではないか。希望を込めて、私は呟く。
「【工房】」
その瞬間、先程までレンガ造りの部屋にいた筈の私は、違う空間に立っていた。二畳の畳と、畳と相性がいいとは言えない造りのドア。部屋の中央に茶色く丸い、よくあるちゃぶ台。小さな屑籠。そして、ちゃぶ台の上には鋏と糊、小さな箱が一つ。これが、私の力、私の工房、なのだろうか。
「いや、工房にしては規模が小さい!!」
そう叫んでも、工房が広くなるわけではない。諦めて私は小さな箱を開けることにした。そして絶句した。箱の中に入っていたのは、透明な二号テグス、そして、赤、青、黄、紫、緑、橙、白、黒、水色、ピンクの十色のビーズだった。
「全部同じ大きさで何を作れと!?」
類家歩、二十二歳、新社会人。趣味、ハンドメイド。いつでも工房を呼び出せる力を手に入れたものの、設備は貧弱。本当に生計を立てることはできるのか、試行錯誤の暮らしが始まった。
次回更新は2月9日17時予定です