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望む物

「三つとも駄目でした……」

「そうですか……」

 閉店間際に駆け込んできた男性は、下を向いてそう言った。申し訳なさそうに謝る男性に、大丈夫ですよと微笑みかける。一回で合格ラインに達するとは思っていない。今からの改善が大事なのだ。

「お相手様から感想などは頂けましたか?」

「感想、と言えるようなことは何も……」

「ネックレスを見た時の反応でも、手がかりになるようなことでしたら何でもいいので教えて下さい」

 すると、男性は眉を下げながら私にネックレスを返却した。お相手の反応は良くなかった様だが、雑な扱いをされた形跡はない。

「……本当に、一言しか言わなかったんです」

「何と仰ったのですか?」

「このモチーフを決めたのは誰なのか?と」

 その問いに、貝殻をモチーフにしたいと伝えたのは自分だと、男性は答えたらしい。すると女性は少し黙った後、受け取れません、とだけ答えたそうだ。

「その時の表情などはいかがでしたか?」

「顔を顰めたりする様子はなかったので、作品が嫌いだったということはないと思います。ただ、彼女の中の『余程』という基準に達さなかっただけかと……」

「普段、商品の評価をされる方なのですか?」

「はい。大きな店の一人娘ですから、仕入れに付いて行くこともあるそうです。どちらかというと評価も厳しい方です」

 品質が落ちていたりすると即座に指摘し、長年取引をしていた相手でも容赦なく切るらしい。否定的な言葉を言わなかった時点で、かなり気に入っていると思う、と男性は言う。

「……難しいですね」

「はい。何が駄目なのかがわからなくて……」

 男性は頭を抱えてしまった。彼女にとって、『余程』の基準とは何か、それを知ることが解決の糸口だろう。幾つか予想を立てて、虱潰しに探していくしかない。

「……取り敢えず、三つのネックレスのうち、最も反応が良かったものをベースとして次の試作品を制作しましょう」

「は、はい。多分、このネックレスだと思います」

「畏まりました」

 男性が選んだのは、青色の丸ビーズでネックレス部分を作り、大きな貝殻をペンダントトップにしている物だ。作った三つのデザインの中では最もシンプルというか、よくあるペンダントの形式だ。

「では、明日の朝、次の試作品をお渡しします」

「はい。ありがとうございます!!閉店前にすみませんでした」

「お気をつけてお帰りくださいね」

 深々と頭を下げ、男性は帰っていった。その姿と、貝殻のペンダントを見ながら私は『特別』な物とはどんなものか、考えるのだった。


 翌朝、準備した試作品は同じく三つ。ネックレス部分のビーズの色を変えた物と、ペンダントトップの貝殻ビーズの形を変えた物だ。この中から好みの傾向を教えて貰う作戦だ。

「これで失敗したら……」

 失敗するということは、恐らく、私では満足できる品を作ることはできない、ということである。

「おはようございます!!」

「おはようございます、試作品はこちらに……」

 準備をしていたので視線を上げると、店の入り口、男性の後ろに、キャラメルブロンドの女性が立っていた。瞳の色は薄いブルー。男性の婚約者だろう。即座に頭を下げる。

「いらっしゃいませ」

 すると、女性は少しだけ眉を動かした後、男性に何かを耳打ちした。それを聞いた男性が慌てた様に女性の肩を掴んだが、女性は気にせず私に話しかけた。

「……開店前の時間にごめんなさいね。ネックレス、見せて頂けるかしら?」

「畏まりました」

 試作品を三つ並べて見せる。実際に女性の様子を見ることができる今が、最大のチャンスだろう。女性の視線の動きと表情を見る。すると、あることに気が付いた。

「あの……」

「どれも、素敵なネックレスだと思います」

 そして、その気付きを口にしようとしたが、先に女性が話し始めた。その口調は柔らかいが、商品を見てはいなかった。

「ですが、こちらの商品を購入することはございません。申し訳ないのですが、本日は製作依頼の取り消しに来たのです」

「カリーナ!!急についていくと言い出したかと思えば……」

「エリオは黙っていて。私は、店主さんと話をしているの」

 依頼主ではないが、受け取るかどうかを決めるのは目の前の女性である。なので、彼女が私には求める物は作り出せないと判断したのなら、その通りなのだろう。

「製作に掛かった時間については承知しておりますけれど、こちらの試作品を商品として販売すれば問題はないでしょう?」

 元々原価0円な所もあるので、問題はない。しかし、一番の問題は、私の予想が正しいならば此処以外の店に行ったところで、彼女が本当に欲しい物は絶対に手に入らないことだ。

「貴方には、私の望む物は作ることができません。ですので、これ以上の労力を割かれなくて結構です」

 私が黙っていることを了承と捉えたのか、女性は店から去ろうとする。このまま行かせてしまえば、男性が正解に辿り着く可能性は低いだろう。一度依頼を引き受けた身だ。そんな無責任なことはできない。

「お待ち下さい。確かに、私には貴女の望む物を作ることはできないでしょう。しかし、私は貴女の望む物の作り方は知っています。どうか、最後の機会を下さいませんか?」

 女性は、ゆっくりと振り向いた。

次回更新は2月26日17時予定です。

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