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浄化の石板

「お前は……」

 突然私が現れたことに驚いてはいたものの、シルエット侯爵はすぐに状況を理解し、大きな足音を立てながら私の方に近寄って来た。侯爵は、動くことができない私の腕を雑につかむと、力任せに引っ張った。

「痛っ……」

「散々夜会を掻きまわした挙句、こんな所まで潜り込んでいたか。それに、その手に持っているのは召喚の間にあった水晶だな?どうやら随分と好き勝手してくれたようだな。まあいい、お前も水晶も、探しに行く手間が省けたと思うか」

 そのまま強制的に引き摺られ、部屋の奥にある石板の前に移動させられた。文字と宝石、複雑な模様は魔法陣だろうか。石板は、魔法に関連しそうなもので埋め尽くされていた。が、幾つか、不自然に穴が開いている部分がある。これを埋めるために魔法道具を集めていたのだろうか。

「これは……」

 水晶玉から、驚いたような声が上がる。私は、石板に書いてある文字を殆ど読めないが、彼には読めるのだろうか。少し焦りも含んだような声を聴いて、侯爵は口の端を歪めて笑った。

「貴様の空間スキルを分析し、応用開発されたものだ。この距離まで近づけば、本質的にこの石板が何なのかは理解できたようだな」

「『密閉』を使用して……?」

「そうだ。長い間、その楔石は召喚触媒としてのみ利用されていたが、それは瘴気の根本的解決には至らない。聖女の『浄化』は、溢れて地上に出た瘴気しか祓うことができない。そして、一度瘴気を祓う旅に出れば、戻ってくる頃には力を殆ど失う。召喚の為に何人もの王宮魔法使いが魔力を使い切っているというのに、あまりに非効率だろう?」

 一瞬、瘴気を根本から解決する方法を探しているのかと思ったが、違うらしい。侯爵は、単に自身の配下にいる魔法使いが、召喚の為に戦力外になることを不快に思っているだけのようだ。

「瘴気は常に発生し続けるものだ。ならば、溜まり切って害が及ぶ前に、処理してしまえばいい。常に発生し続けるのなら、常に瘴気を無効化する。その為の装置が、この石板だ」

 素晴らしいだろう、と侯爵は私に言う。この石板が完成すれば、新しい聖女を召喚する必要が無くなるのだ、とも。だから協力しろ、と言いたいのだろうが、不自然な点が幾つかある。侯爵は、新しい聖女は必要ないと言ったが、今迄召喚された人々が帰ることができる、とは口にしていないのである。

「後は魔法付与された道具をはめ込めば完成だ。が、この国の人間では強力な魔法付与を行える者はいない。お前が協力すれば、この国に平和が訪れるのだ。そうすれば、聖女と共に旅に出なかった、役立たずのお前も世間に怯えることなく暮らすことができる」

 上から目線である。しかし、現時点では私は身動きが取れないし、相手が優位を確信して口数も多くなっているので、下手に反論せずに情報を聞き出した方が良いだろう。深呼吸をして、無理やり笑顔を作り、侯爵に話しかける。

「…………お話はわかりました。ですが、魔法付与を行うには具体的な効果を理解する必要があります。よろしければ、この石板の機能や効果について詳しく教えて頂けないでしょうか」

「全く、面倒だが仕方がない。一度しか言わんからな、よく聞いておけよ」

「はい」

 大人しく話を聞きます、という態度を取れば侯爵は文句を言いながらも説明を始めた。曰く、この石板は、ろ過装置のような物らしい。水晶玉が何か言いたげな雰囲気を醸し出しているが、ここは任せて欲しい、と視線だけで伝えれば納得してくれたようだ。侯爵は上機嫌に話を続ける。

「王宮で発生する瘴気を一か所に集約し、浄化作用のある物質の中に流し込む。後は浄化中の瘴気が外に出てこないように密閉しつつ、浄化が終わった純粋な魔力を取り出すだけだ」

 瘴気は始祖の血を引く者の魔力と欲が発生原因なので、欲の部分を浄化すれば純粋な魔力だけになるらしい。聖女が国中の瘴気を祓った後に平和になるのは、浄化の際に発生した魔力が植物の生育を助けることも一つの要因らしい。

「集約機構は既に完成し、浄化装置も当てがある。後は、集めた魔力を物体に流し込むための道具と、純粋な魔力だけを取り出す為の道具が必要だ」

 そこまで侯爵は言って、私の方を向き直った。説明はしたので、早く作れという事だろう。話を聞いている間に体力も多少は回復している。私はにっこりと微笑んで侯爵に問いかけた。

「幾つか、質問があるのですが」

 浄化した魔力の使い道は、ある程度予想がつくので質問の必要はない。恐らく自分の為に利用するのだろう。が、重要なのはそこではない。

「何だ?理解したのなら早く作業に取り掛かれ」

「浄化装置とは一体、何を利用されるおつもりですか?」

 浄化作用のある物質があるのなら、とっくに研究が進んでいてもいいはずだ。ベルンハルト様達がそれを見落とすとは思えない。ならば、浄化装置というのは何なのか。現時点で、瘴気を祓うことができるのは聖女だけの筈だ。

「王太子殿下と聖女様を無理やり婚姻させて、一体、どうなさるおつもりですか?」

 新しい聖女は必要ない。なら、今の聖女はどうするつもりなのか。今迄召喚された日本人はどうするのか。それは多分、瘴気を浄化する装置の一部として利用するつもりなのだろう。私は、侯爵を真っ直ぐ睨みつけた。


次回更新は8月12日17時予定です。

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