国の歴史
「帰れない……?」
召喚された者が帰れない、という意味は理解できる。が、瘴気が帰れない、というのはどういう意味なのだろうか。帰る、ということは出てきた場所があるということになる。
「そもそも、瘴気とはなんだと思う?」
「瘴気溜まりと呼ばれる場所から発生し、周辺に魔物を生み出します。また、人間の生命力を吸い取ることもあり、耐性のない人間が瘴気に近付くことは危険です」
「そして、聖女が持つ、『聖域』スキルでのみ瘴気溜まりを塞ぐことができる。その上で周囲に漂っている瘴気を浄化するのが儀式の基本的な流れだね。でも、一つ、重要な要素を忘れているよ?」
後は、空気より重たい性質があることくらいだろうか。だが、それは重要な要素ではないだろう。もっと根本的な、危険な性質を忘れている、と言う。
「……魔力のある人間は、瘴気に取り込まれ、一体化する性質、ですか?」
「その答えは、一部正しくないかな。厳密に言えば、魔力があっても他の条件を満たさなければ瘴気と一体化することはないよ。ただ、眠るだけだから」
「他の条件とは、貴族であることですか?」
そういえば、ベルンハルト様が言っていた気がする。貴族は、自分を守る魔力が尽きたら黒い霧となって瘴気に取り込まれ、瘴気を強化してしまう、と。
「貴族というより、この国の始祖の血を引いていること、かな。貴族の大半は多かれ少なかれ、この国の始祖の血が流れているから、間違いではないけれど」
「この国の始祖と、瘴気に、何か関係があるのですか?」
「この瘴気の原因はね、そもそもがこの国に向けられた呪いなんだよ」
よくある話だけどね、と前置きをして、この国の歴史が、ゆっくりと語られた。
この国は、魔力を持った人々の集団により、この地を耕し暮らしていた農耕民族の国を従える形で成立した国だという。魔力がなく、戦う術も最低限しか持たない農耕民族を打ち倒すのは簡単なことで、あっという間にこの地を征服した。勝利した人々は、最も魔力を持っていた人物を王として、新しい国を作った。
「それがこの国。圧倒的な力により、一瞬で制圧された農耕民族はなす術なく新たな王に従ったと、誰もが思っていた。しかし、王宮が完成した日、事件が起こった」
「事件……?」
「国のあちこち、正しくいえば、戦場となり、農耕民族たちの血が流れたありとあらゆる場所から、黒い霧が噴き出した」
農耕民族たちは、魔法を扱うことはできなかった。しかし、自然と共に生き、神に感謝と祈りを捧げていた農耕民族たちの恨みは、瘴気となり、この国に危害を加えることになった。
「瘴気は次々と魔法使いたちを襲い、取り込んだ。追い詰められた時に召喚されたのが、僕だった」
召喚され、国中に広がっていた魔力を取り込み、水晶となった。しかし、瘴気は一度では収まらなかった。恨みの対象である国の始祖の血を引くものが悪心を抱くと、何処かから発生し、国を覆う。
「悪心、とは?」
「征服欲とか、そう言ったあまり良くない方面に働く欲だね。最初の頃は農耕民族の恨みを恐れたのか、瘴気が発生する頻度は低かったけど……」
「段々と間隔が短くなった、と」
「悪いことを考えるな、っていうのも難しいとは思うけれど、最近は頻度が高過ぎだよね」
外から呼ばれた人には対抗手段がある、と判断したこの国の人々は、瘴気が溢れるたびに新しい日本人を呼ぶようになり、今に至ると言う。
「僕も最初は意識も何もなく眠っていたけれど、時間が経つうちに段々出来ることが増えてきたんだよね」
「瘴気が減った、と言うことですか?」
「多分ね。歴代聖女が削ってくれたのと、時間経過で恨みが薄れたのかな?というか、君、僕が話しかけても驚いてなかったし、予想できてた訳じゃないの?」
「いえ、重要な物がありそうだとは思っていましたが、まさか水晶玉が話すとは思っていませんでしたよ?」
「嘘だ……」
本当である。ただ、工房も時折意志があるような素振りを見せるので、そういうこともあるのだと思っていただけだ。最初はこの水晶が日本人の体からできていると予想していたので、予想に比べると少々マシな経緯だった。
「で、君、どうして此処に来たの?結構追い詰められてるみたいだけれど、何かした?」
そういえば、話を聞くばかりで自分の事情は説明していなかった。簡単に状況を説明すると、突然、水晶玉が笑い声を上げた。
「いやぁ、時間が経つにつれて、聖女への説明が雑になっているとは思ったけれど、そこまでするとは!!召喚精度が上がったのは僕のお陰だというのにね」
「召喚精度を向上させたのは、被害に遭う人を減らすためですか?」
「まあね。とはいえ、巻き込んでいるのは事実だ。責められても仕方がないとは思っているよ」
あくまで触媒なので、召喚の儀式自体を止めることはできないらしい。その場合、一人でも被害者を減らそうと思うことは自然だろう。なので、恨みはしない。
「協力して頂けるのなら、先程のお話を夜会会場でもう一度していただきたいのですが」
「いいけど、僕の存在を知ってるの、国王と侯爵、後は王太子くらいだから、最悪握り潰されるよ?」
状況打開の一手になるかもしれない。そう思って頼んでみたら、拒否はされなかったが、衝撃の事実を告げられたのだった。
次回更新は8月8日17時予定です。