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召喚の間

 夜会用の服装では動き難いのだろう。私が走り始めても、すぐに動き出せる人は多くないようだった。しかし、会場はかなり広い。扉に辿り着く頃には何人かが追ってきていた。この調子だと大分厳しいな、と思った時だった。

「……この国では、これが聖女様とそのお仲間を歓迎する方法なのか?」

 私と、追ってくる貴族たちの間に、キアン様が割って入った。聞いたこともないような冷たい声音で貴族たちにそう言うと、怖気づいたのか、追手の動きが止まった。

「ね、ネイジャンの……」

「わが国では、このような歓迎はしない。異なる世界から、わざわざ来て頂いた相手だ。丁重にもてなすのが筋だと考えているのだが……。この国は、まずは拘束しよう、などという野蛮な行動に出ているのか?それならば、今後の付き合いを考えさせてもらわなければならないのだが……」

「そ、そんなことは」

 キアン様が後ろ手で、早く行け、と合図をしてきた。今なら距離を取れるだろう。私は無言で扉の方に向き直り、再び走り始める。貴族たちは、あっ、と声を上げたが、国賓であるキアン様を押しのけることはできず、すぐには追ってこない。

「鍵……、は、ないか」

 扉を閉め、鍵を探したが無いようだ。諦めて王宮の方へ足を向ける。最初に目指すのは一階部分、少し奥の辺りだ。これは勘だが、偉い人の部屋というのは、移動が楽な一階部分か最上階の、一番奥の部屋だろう。王族ではないので謁見の間の近くかもしれないが、中間階にある可能性は低いだろう。

「侯爵の性格を考えると……、身動きの取りやすい場所に部屋がありそうだけど」

 王宮での執務室が自由に決められるのか知らないので、何とも言えない。見取り図のような物はないだろうし、仕方がないので道が交わっている所では極力曲がりながら進んでいく。

「あれ?」

 途中、見覚えのある場所を見つけた。私の記憶が確かならば、実際に召喚された場所から召喚の間に移動する途中に通った道だ。そう言えば、あの時は、侯爵たちが来る途中に階段を上り下りする音がした。なのに、私たちが召喚の間に移動するまでの間、階段を通ることはなかった。

「…………地下?」

 召喚の間から宴の会場までの道のりは、正直、記憶にない。周囲の人たちが聖女の出現に喜び、宴の準備はしてあるからと手を引いて、その後、どうなったか。周囲が見えなくなるほどに人に囲まれて、独特な甘い香りがして、そのまま人波に流されていたらいつの間にか会場に着いていたのだ。

「取り敢えず、召喚の間に行くとして……」

 そこから、宴が終わって翌朝になるまでの記憶が曖昧だ。聖女が誰なのか決まった時点で帰りたいと思っていたはずなのに宴に参加していたし、宴の後、家に帰ろうとせずに王宮の一室に泊まった。

「判断能力が著しく落ちていたとしか思えないな……」

 それに、聖女とその仲間も最初は困惑していたのに、その日のうちに瘴気を祓う旅に出たというのは、ちょっとおかしい。ただでさえ生活環境が変わるとなれば不安を感じるだろうに、常識からすべてが違う世界で、危険が伴う旅に出る必要があるのだから。

「一般的な日本人なら、キャンプをしたことがあっても林間合宿とか、キャンプサイト程度だろうし、戦闘の危険があるなら装備とか道具とか魔法の練習とか、気になることは沢山あるのに……」

 食べることができるものの名前も、通貨の名前も、何も知らなかった。この国では言葉が通じたが、他の国でもそうとは限らない。そんな状況で、簡単に旅に出られるなんて正気ではない。

「でも、桐野さんが注文を取りに来た時は、瘴気祓いの儀式のために必要なものがあると分析して、入念な準備をしていた」

 瘴気祓いの儀式を何度か行った結果、必要なものが分かるようになってきたのかもしれないが、儀式に参加する人数などを考えて作戦を立てていた。そんな人物が、準備もせずに旅立つとは思えない。

「色々とおかしい所が多い……」

 確実に、判断能力が落ちるような原因があったのだろう。そう結論付けたところで、召喚の間に辿り着いた。相変わらず、中央に水晶がぽつんと置いてあるだけの部屋である。此処が召喚の間で、空間スキルの鑑定もできるという事は、何か意味のある部屋なのだろうか。

「水晶以外、特に何もない気がするけれど……」

 床を見ても、魔法陣のような物は描かれていない。魔法素材が使われている感じではない。後は、壁面か天井部分だろう。それか、水晶を中心として何かしらの魔法が発動するのか。見るからに怪しい水晶からだろうか、と思い、手を振れたその瞬間だった。

「えっ…………」

 水晶玉が僅かに輝いたかと思うと、頭の中に、一瞬だけ違う光景が映し出されたのである。満開の桜と、その下で微笑む誰か。その表情は見えないが、直感的に、日本の光景であることだけは理解できた。

「まさか……」

 大掛かりな魔法には触媒がいる。空間を超えるような魔法なら、確実に必要だ。召喚の間の中央にある水晶を見て、私の頭に最悪の想像がよぎったのだった。


次回更新は8月6日17時予定です。

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