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この世で一つ

 階段を走って上がってきたのか、男性は肩で息をしていた。依頼は受けるが、正確な話を聞くためにも一度落ち着いて貰う必要がある。カウンター横の椅子を勧めつつ、生活スペースから水を取ってくる。

「取り敢えず、お水です。どうぞ」

「あ、ありがとうございます……」

 コップを差し出すと、男性は一息に水を飲んだ。すると、少し落ち着いたのか、周囲をキョロキョロと見回した後、頭を下げた。

「突然押しかけてしまい、申し訳ありません……」

「まだ他のお客様もいらっしゃらなかったので大丈夫ですよ」

 この様子なら依頼の内容を聞いても大丈夫そうである。コップはカウンター内のお客さんから見えない所に置き、代わりにペンと紙を持って男性の正面に座った。真正面から男性を見ると、かなり身なりがいい。しかし、貴金属を身に着けている様子はないし、鍛えている様子もないので富豪の息子だろうか。

「それで、本日は装飾品の製作依頼に来られたのですか?」

「はい」

 姿勢を正し、男性に問いかけると、男性も背筋を伸ばして返事をした。初めての製作依頼だ。相手の要望を可能な限り聞き出し、形にするためにも、この話し合いが重要だと深呼吸して気合を入れる。

「では、デザインのイメージを教えて頂けますか?」

 既にデザインが形になっているのなら紙に描いてもらい、そうでないなら近いものを挙げて頂く。そこから実現可能か不可能かお伝えし、不可能だった場合は製作可能なデザインへの修正を提案する。サイズ等はそれから聞く。流れはこれでいいだろう。

「あ、えっと……」

 自分の頭で一連の流れをおさらいしていると、男性は視線をあちこちに向けながら、ペンを手に取ったり机に置いたりをしていた。かなり困惑した様子である。店に来た時と同じか、それ以上に慌てている。答えやすい質問をして緊張をほぐして貰おう。

「具体的なデザインがお決まりでないようでしたら、まずは、どなたに贈るものなのかをお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「は、はい。送る相手は、婚約者の女性です」

「それは素敵ですね」

 にこり、と微笑むと、男性は安心したように微笑み返してくれた。婚約者への贈り物をしようと思ったが、どのような物を贈っていいのか全く想像がつかなくて困っている、という所だろうか。

「次に、贈られる品についてです。当店では指輪やブレスレット、ネックレスなどを扱っています。何を贈られるかは決まっていますか?」

「あ、えっと、ネックレスにしようかと思っています」

「畏まりました」

 少し言葉に詰まったようだが、店内を見渡すと、直ぐに返事をした。この調子で方針を固めていけば何とかなりそうだ。

「では、次にデザインを、というと難しいので、幾つかお相手についての質問をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「は、はい。答えられることなら……」

「ありがとうございます。まずは、お相手の方の髪と瞳の色は何色でしょうか?」

「……髪はキャラメルブロンドで、瞳は薄いブルーです」

 男性はダークブラウンの髪に濃い青の瞳だ。おそろいのデザインにする場合は、お互いの瞳の色にするのもいいだろう。色味が似ているので特別工夫しなくても自然な雰囲気になるだろう。

「お相手の方の好きな色はご存じですか?」

「彼女の瞳と同じ、薄いブルーの服をよく着ていますけど……」

 好きな色を明確に聞いたことはないらしい。瞳と同じ色なので着ることが多いだけで、本人が好きかどうか確認を取れていないのは少し気になる。

「普段、装飾品等を身に着けていますか?」

「普段はゴールドの婚約指輪だけです」

が、別に今すぐ注文を確定しないといけない訳ではない。後で好きな色だけ確認して貰って、改めて依頼を引き受ければいいだろう。

「では、次に、お相手の方に似合うもの、というと何が連想されますか?」

「えっと……」

「難しく考えず、思いついたものを口に出して頂ければ」

 例えば、花、雲、月。と幾つか挙げてみると、男性は顎に手を当てて考え始めた。暫く唸ったり頭を抱えたりした後、ハッとしたように顔を上げ、ぽつりと呟いた。

「貝殻、かな」

「どのような貝殻か、もう少し詳しいイメージはありますか?」

「真っ白で、丸っぽくて。あの、針で穴を開けてネックレスにされているような貝です」

 かなり具体的な例が出てきた。ホタテ貝とかハイ貝の事のようだ。自分でネックレスにしようと思うと、意外と貝が脆くて難しいのだ。青色との相性もいいので、白色も使う方向で考えておこう。

「では、貝殻をモチーフに製作していくという事でよろしいでしょうか?」

 そう確認すると、何故か男性の表情が暗くなった。他のモチーフに変えた方がよろしいでしょうか、と尋ねると、首を横に振る。では、一体何が問題なのだろうか。首を傾げると男性は小さな声で尋ねてきた。

「誰とも一緒にならないような、この世で一つだけの、特別なものにできますか?」

 オーダーメイドですので、同じデザインになることは考えにくいです。と、口から出かけた言葉を飲み込んだ。この質問は、そのような意味で言われた物ではないと感じたからだ。代わりに、違う言葉を投げかける。

「……もう少し、お時間ありますでしょうか?」

 男性は、大きく頷いた。


次回更新は2月24日17時予定です。

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