表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
165/218

馬車での宣告

 朝、日が昇るより早い時間、窓を叩く小鳥に起こされたかと思うと、外に馬車が見え、大慌てで支度をした。人気が増える前に馬車に駆け込むと、申し訳なさそうな顔をしたランバート様と、指に小鳥が止まっているベルンハルト様がいた。

「おはようございます」

「ああ」

 挨拶をすると、ベルンハルト様は無言で私の手を取り、席に誘導してくれた。片手に抱えていた鞄は、ランバート様の隣の席に置いてある。いつの間に、と思いつつ、ランバート様の正面の席に座る。

「おはようございます。久しぶりですね、ルイーエ嬢」

「お久しぶりです、ランバート様。聖女様の護衛任務で怪我などはされていませんか?」

「大丈夫です」

 世間話をしていると、馬車はゆっくりと動き始めた。まだ朝食も食べていないのだが、ランバート伯爵家に到着してから食べるのだろうか。今日は一日いない、とジュディさん達に前もって伝えておいてよかった。

「さて、ルイーエ嬢。ベルンハルトから大体の事情は聞いていますが、夜会の招待状が来たというのは本当ですか?」

 馬車が徐々に速度を上げ、車輪の音で他の音が聞こえなくなってきたタイミングで、ランバート様が本題に入った。私は頷いて、鞄の中から招待状を取り出し、二人に渡す。今日中に夜会の話をしたいと思っていたので、持ってきておいたのだ。

「……流石に、ありえないとは思うのですが、偽物という事はありませんか?」

「残念ながら本物かと……」

「ルイーエ嬢に送る前にも確認したが、シルエット侯爵家の紋で間違いないな。これはこれで面倒な事態になったな……」

 ベルンハルト様は溜息を吐いた。なんでも、私に偽物の招待状を送り、ベルンハルト様と出席させる。そして、夜会の場で招待状が本物ではないことを追求し、二人纏めて陥れるという作戦の可能性もあったらしいが、ランバート様が確認しても異常が無いなら本物らしい。

「偽物ならば、先に気付いてしまえば逆に追求できると思っていたが」

「本物という事は、大急ぎで準備をしないと不味いですね」

「人を陥れるときだけは何重にも準備するとは、余程自信が無いらしい……」

 ベルンハルト様が地を這うような声で言う。これは、偽物だと断じて招待を無視すれば不敬罪、だが参加しようと思うと服などの準備は勿論、教養が付いていなければ夜会でエスコート相手共々馬鹿にされること間違いなし、ということだ。事前情報で街の装飾品店店主であり、貴族でないことは分かっているので準備や勉強が間に合う訳が無いと知っている筈だ。

「やはり、母上の言ったとおりにするのが一番でしょうか?」

「……そうなるな。お前の家には迷惑を掛けるが」

「母上も姉上たちも大歓迎ですので、大丈夫だと思いますよ」

 二人は難しい顔をして何かを話し合っているが、省かれている単語が多過ぎて理解ができない。恐らく私にも関係がある話だが、何を話しているのだろうか。首を傾げると、ランバート様が私の方に向き直った。

「ルイーエ嬢。夜会に参加することが避けられない以上、王宮側に存在を全く知られないことは不可能です」

「……はい」

「ですが、日本人だという事を隠すという方針は変えません。なので、少々経歴詐称をして頂こうと思うのですが、よろしいですか?」

「はい。…………はい?」

 さわやかな笑顔で、すごい事を言われた気がする。経歴詐称って、年齢や学歴、職歴などを誤魔化すものだと思うのだが、大丈夫なのだろうか。幾ら身を守るためとはいえ、嘘を吐くのは気が引けるし、そもそも魔法でバレてしまうのではないだろうか。

「リシャール、言い方が悪い。都合の悪い事実を決して口に出さず、少し誤解を与えやすいかもしれない言い方で自己紹介をしろ、というだけだろう。詐称ではない」

「自己紹介を暗記して頂かないといけないのは事実ですから、大体間違ってないですよ」

「それもそうだな」

 ぽかんとしている私をよそに、二人は具体的な作戦について説明してくれる。なんでも、私が街で装飾品店を営んでいることはそのままにするが、ランバート伯爵家との繋がりを強調するらしい。

「母上のお抱え店で、装飾品を複数回作ったという実績があり、日常生活においてもランバート伯爵家の支援を受けている、という風に言うのです」

「魔法研究所長のエスコートを受け、かつランバート伯爵家とも関わりがあると知れば、ただの庶民だと見下されることは殆どないだろう」

 今回の夜会用にアクセサリーを作れば、リアーヌ様に作った作品は二つになるので複数回、という言葉は嘘ではない。日常生活に置いて、ランバート様に助けて貰っているのは純然たる事実。ただ、どれも最近になってからのこと、という事実だけを口にしなければいいという。

「それなら、大丈夫だと思います……」

「でしたら、後は説得力を付ける為の立ち居振る舞いですね」

「ああ。少々厳しいかもしれないが、朝食の席でテーブルマナーを覚えて貰おう」

 え、と固まる私に、今日は三回も食事の機会があるので大丈夫ですよ、とランバート様が微笑む。今日一日開けてほしい、というのはその為だったようだ。一瞬気が遠くなったが、これも自分の為だ。精一杯頑張ります、と私は力強く返事をしたのだった。


次回更新は7月22日17時予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ