見慣れぬカード
ジュディさん達は詳しい事を何も知らされていなかったので、仕事でベルンハルト様の屋敷に泊まっていたと伝えれば安心したようだった。嘘を吐くのは若干心苦しいが、今回の窃盗事件は単純な話ではなさそうなので、巻き込まない為にも黙っておくことにした。
「貴族の事情で店が一時的に貸し切りに、とかはよくあるからね。昨日と今日来たお客さんには事情があって店を空けているって伝えておいたよ」
「ありがとうございます」
気になるなら、明日以降セールか何かをすればいい、とのアドバイスまで貰った。私は再び感謝を伝え、今日はもう体を休めることにしたのだった。
翌朝、朝食の席でカルロさん達にも家を空けていた事情を説明し、心配を掛けたことを謝罪した後。いつもよりも早めに、店の準備をしようとしていた時だった。カタン、とカウンターから音がした。
「ベルンハルト様かな?」
最後に顔を合わせてから半日程度しか経っていないと思うのだが、謝罪の日程が決まったのだろうか。首を傾げながら手紙を開くと、見慣れない筆跡のカードと、いつもと同じ便箋が入っていた。
「……なんだろう」
カードをざっと見てみたが、絵のような物と、私の名前が書いてあるだけで、何のためのカードなのか全く分からない。謝罪の日程でも書いてあるのかと思ったが、ベルンハルト様の字ではないし、他の研究員の字とも違う気がする。
「手紙の方を読めばわかるかな」
カードの解読を諦め、便箋を開く。珍しく一行目から本題に入っているので、忙しかったのか、それとも緊急の案件だろうか、と考えつつ続きに目を通す。すると、そこに書いてある内容は、少し意外なものだった。
「…………聖女一行が王都に到着した?」
近いうちに王都に戻る、という話は聞いていたが、思ったより早かったらしい。シルエット侯爵の話では、後四日は掛かる予定だったはずだ。とはいえ、移動魔法がある位なのだから、到着が早くなること自体は不思議ではない。不思議なのは、どうして手紙の最初にこのことが書かれているか、である。
「聖女一行と一緒に、ランバート様も王都に戻ってきているはずだけど……」
ランバート様の性格上、何か用事があるなら自分で来られるだろうし、わざわざ手紙に書くとは思えない。嫌な予感を感じつつ、続く文章に目を通していくと、同封されていたカードについての説明がされていた。
「このカードは、王宮での、夜会の招待状!?」
しかも、聖女一行の帰還を祝い、全ての瘴気を祓った功績を称える為の夜会だという。王宮で開かれる夜会と言っても幾つかの種類があるが、この夜会は、国を挙げての一大行事であることは確かである。貴族であっても参加できるかわからないような、規模の大きい夜会の招待状が、どうして私に来ているのか。
「……聖女一行がネイジャン付近で瘴気を祓った際、製作した道具が役立ったことを認め、今回の夜会に招待することが決まった。とは、書いてあるけど」
それならば、国立魔法研究所の研究員たちの方が優先されるはずである。あの時、私はあくまで装飾品部分を作っただけ、と言うことになっているのだから。そして、私が目立ちたくないことを知っているベルンハルト様が、敢えて私を招待することはあり得ない。
「聖女一行や、ランバート様たちの可能性もない。となると、夜会の主催者が怪しい気がするけれど……」
確認すると、夜会の主催者はシルエット侯爵だった。今回の夜会に限らず、聖女召喚の儀式や、その後の日本人の扱いは基本的に侯爵が最高責任者となっているそうだ。偉そうな人だとは思っていたが、実際、かなり偉い人だったようだ。
「断ることは原則不可能。で、聖女の準備もあるから、夜会は一週間後……」
国立魔法研究所と共同で製作した、ということで、エスコートは研究所の人間がするよう言われたらしいが、研究所から参加するのはベルンハルト様だけだ。断ることもできず、最低限の礼儀作法を身に着けるにも時間が足りない。どう考えても嫌がらせである。
「というか、正式な場所に出ないといけないのは不味い……」
王宮に行けば、確実に私も日本人だとばれるし、かといって代役を立てることも難しい。というか、代役は多分無理だろう。貴族は基本的に顔を覚えることが得意だ。それに、一週間後となると、大急ぎでリアーヌ様たちのアクセサリーも作らなくてはいけない。
「…………どうしよう」
明日は定休日なので、リアーヌ様たちとの打ち合わせはその時にするとして、他の問題を解決する手段が思いつかない。ベルンハルト様もかなり忙しいようで、夜会について情報が入り次第連絡する、とだけ書かれて手紙は終わっている。
「と、取り敢えず、店の準備をして、開店まで、極力商品を作っておかないと……」
状況が動けば、商品補充をする暇なんて無くなるだろう。それに、今は何か作業をしていないと気持ちが落ち着かない。私は慌てて工房に道具を取りに行ったのだった。
次回更新は7月20日17時予定です。