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帰宅

 勢いよく飛び出したのは良いものの、落下していく感覚に思わず目を瞑る。どれだけ怖くても、身体強化と水中呼吸は出来るように魔力を流し、落下の衝撃に耐えるべく体に力を入れていたその時だった。

「…………痛く、ない?」

 ぐん、と、体に落ちていく方向とは逆向きの力が掛かったかと思うと、ゆっくりと動きが止まっていく。魔法によって体を浮かされた、と気付くまで、そこまで時間が掛からなかった。不味い、相手の魔法使いだろうか、まだ若干怖いものの、目を開いて状況を確認しようとした時だった。

「本当に、ルイーエ嬢は、予想外のことをする……」

「……ベルンハルト様?」

「他に誰だと?」

 体に腕が回され、俗に言うお姫様抱っこの状態になったかと思うと、ため息交じりの声が聞こえてきた。視線を上げると、珍しく焦ったような表情のベルンハルト様の顔が目に入った。急いで魔法を使ってくれたのだろうか。

「……取り敢えず、陸地まで移動するか」

「はい。…………此処、川の真ん中だったんですね」

 下を見ると、川の水が勢いよく流れて行っている様子が見える。遠目ではわからなかったが、かなり急な流れのようだ。一応対策をしていたとはいえ、飛び込むことにならなくて良かった気がする。シルエット侯爵邸とは反対側の岸に到着したところで、ベルンハルト様が降ろしてくれる。

「ありがとうございました」

「この程度のことは構わない」

 ベルンハルト様は、暫く無言で私のことを見つめてきた。多分、言いたいことや言わなくてはいけないことが複数あるが、どれから言えばいいのか考えているのだろう。心当りがありすぎるので、私は静かにベルンハルト様の言葉を待つ。

「……まずは、ルイーエ嬢。今回の件で、危険な目に遭わせてしまい、申し訳なかった」

「いえ、ベルンハルト様の指示を守れず、侯爵に見つかってしまったのは私です。ベルンハルト様の責任ではありません」

「見つかった時点でルイーエ嬢を守ることに専念すべきだった。どうか、謝罪する機会を貰えないだろうか」

 あの時は、ベルンハルト様の動きに付いて行けなかった上、咄嗟に身を守ることができなかった私にも責任があると思う。今、助けに来てくれたのだし、責めるつもりは全くなかったのだが、そういう訳にはいかないようだ。

「……わかりました」

「では後日、改めて謝罪をさせてもらう」

 私はベルンハルト様が悪いとは思わない。が、国立魔法研究所の所長として、一般市民を巻き込んだことを謝罪しなくてはならないのだろう。作った道具自体は役に立てたものの、いざという時に足を引っ張ることしかできない事実に、少し、気が重くなった。

「次に、これは質問だが、事件解決に専念してほしい、というのはどういう意味だった?」

「え?」

「ルイーエ嬢の安全よりも、事件の完全解決が優先されると、思っていたのか?」

 予想外の質問に、一瞬、固まってしまう。私の安全と、事件の完全解決なら、優先されるべきは事件だと思っていたからだ。あの時、侯爵は私を交渉材料にすると言っていたから、すぐに命の危険に陥るような状況ではなかったし、事件が解決されなければ王都中の魔法道具が盗まれ、国全体に影響が出るような事態になる危険性があると思ったのだ。

「それは、その……。でも、事件を早急に解決する必要があると、思いまして……」

「早急な対応の結果、黒幕であろう侯爵とお抱え魔法使い以外は全員捕縛できた。が、あの時点で、実行犯は確保できており、次に事件が起こるとしても対策を練る時間は十分にあった。ルイーエ嬢が、危険な目に遭わなくてはいけないほどの理由はなかった」

 ベルンハルト様はそこまで一息に言い切ったかと思うと、俯き、首を軽く横に振った。そして、私の肩に両手を置いたかと思うと、目は合わせないまま、ぽつりと言った。

「…………ルイーエ嬢が無事でよかった。まずはこれを言うべきだった」

「……心配してくださり、ありがとうございます」

 今迄聞いたことが無い、弱々しい声音だった。顔は見えないものの、本心であることは十分に伝わってくる言葉に、心臓が僅かに跳ねたような気がした。

「だが、ルイーエ嬢はもっと、自身の安全を気にしてほしい。有事の際に安全を最優先することは勿論、今回の脱出に関しても、川に飛び込もうという発想になったのは何故だ」

「川の方には見張りがいなかったので……」

「気付かなかったら川に流されていた所だ。そもそも、見知らぬ土地で、二日近く囚われていたというのに逃げ出そうとする気力は何処から……」

「そもそも、異世界から連れて来られて王宮から逃げ出しているので……」

 普通の屋敷から逃げ出すくらいの度胸はある。そう返事をすると、ベルンハルト様は深い溜息を吐いてから、私に手を差し出した。

「…………安全意識については、また話し合うとして、王都に戻ろう」

「そうですね。ジュディさん達にも心配を掛けたでしょうし、早く帰らないと」

 差し出された手を取れば、すぐに風景が変わり、カフェの入り口に到着する。すると、丁度お客さんが少なかったのか、中にいたジュディさんと目が合った。ジュディさんは奥の方に声を掛けたかと思うと、私の方に真っ直ぐ歩いて来ている。これは事情説明が大変そうだ、と苦笑すると、ベルンハルト様が繋いでいた手を放した。

「謝罪の日程はまた連絡する。今日はしっかりと休んでくれ」

「はい。ありがとうございました」

 そう言って、ベルンハルト様は姿を消し、私は二日ぶりに家に帰ってきたのであった。


次回更新は7月19日17時予定です。

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