待機場所の意味
夕刻、貴族区域の門が完全に閉じられ、周囲が暗くなり始める時間帯。私とベルンハルト様、そして研究員たちは、王宮の近くにある路地の裏に集まっていた。いよいよ、連続窃盗事件の犯人を捕まえるべく、作戦が始まるのだ。
「予定に特に変更は無い。この後、事前説明の通り幾つかの班になり、潜伏地点を探す」
「担当区域内に複数個所潜伏しており、班員だけで対応ができない場合は応援を呼んでいいんですよね?」
「構わない。が、囮作戦の可能性を考えた上で行動するように」
犯人が複数人いるだろう、ということは予想が付いているものの、具体的な人数や規模はわかっていない。また、此方が捕縛に向けて動いていることは知られている可能性が高いので、相手も対策しているだろう。
「最後に、ルイーエ嬢が役に立ちそうなものを作った。各自、魔法の影響を受けない場所に保管しておくように」
「ルイーエ嬢が、ということは、魔法道具ではなくて魔法付与されたものですね。発動条件が違いますし、敵の裏を掻くには良いかもしれませんね」
「ボス、これ、不思議な球にしか見えないんですけど、どんな効果なんですか?」
ベルンハルト様は、私が作った原色に近い虹色の玉結びを、各班のリーダーと思われる人たちに渡していく。全員、手に取っただけでは効果がわからなかったようで、首を傾げたり、手の中で転がして観察したりしている。
「それは、今から見せる物を探す時に役立つものだ」
「探し物ですか?」
ベルンハルト様が、胸元からグレーの袋を取り出す。そして、その中から一つ、今度はパステル調の虹色の玉結びを取り出した。次の瞬間、ベルンハルト様の手の中にある玉結びは、僅かな光を発し始めた。
「今は魔力を調節しているが、普通に触れれば周囲に広がるほどの光を放つ」
「それと、今貰ったものに何の関係が……」
ただ単に光っているだけでは、と研究員の一人が口を開こうとした。が、すぐに自身の手元から伸びる、細い光のような物に気が付いた。その光は、徐々に短い矢印のような形になり、はっきりとベルンハルト様の方向、正確に言えば、その手にある玉結びを指し示したのだった。
「成程、そっちの球をばら撒いておいて、相手がそれを手に取ったら簡単に居場所がわかる、という事ですね」
「ああ。ただ、この道具は方角を正確に示すことができる代わりに、かなり近づかないと効果が発動しない」
「その辺りを、触れた時に発光する性質を持たせることで、解決できるかと……」
居場所は絞れているので、その近くで光った場所に向かい、近付いたら球を使って正確な場所を把握する。潜伏場所周辺を虱潰しに探すより、かなり効率的だ。研究員たちは目を輝かせた。
「え、物凄く役に立つじゃないですか」
「だからそう言っているだろう。理解したのなら早く持ち場に向かえ。その時に、光る方の球を持って行くように。触れるだけで光るので、魔力絶縁の布を使え」
「了解」
「わかりました」
返事をしながら、研究員たちはグレーの布を取り出す。あれが魔力絶縁の布、と言うものらしい。その名の通り、魔力を完全に通さない性質を持っているそうだ。この中に包んでおけば、魔法によって奪われる心配もないらしい。
「……その布を量産したら解決したのでは?」
「作る際に、特殊な鉱石と複数種類の木の実を一緒に魔力を込めながら砕き、霊水に漬けて指定の植物を利用して作った道具で糸に加工した後、今度は魔力を帯びた動物の骨を使った道具で布に加工する必要がある。それで、ハンカチ程度の大きさを作るのに、半年以上の時間が掛かる」
「不可能、という事ですね……」
研究員が持っている理由は、入所試験で作らないといけないから、らしい。一年以内に完成させることで、材料を全て自分で集める強さと、正確な加工能力、豊富な魔力を証明するそうだ。なので、その試験を突破している研究員たちは紛れもない実力者なのだ。
「全員準備はできたな?持ち場へ向かえ。主犯格を見つけたら連絡するように」
ベルンハルト様の一言で、研究員たちは一斉に持ち場へと向かって行った。私たちは、主犯格が魔法に長けている場合に援護に入る為、全ての区域の中間地点である此処で待機するそうだ。
「此処って一番王宮に近い路地ですよね」
「そうだな。大通りを通らずに王宮を目指す場合、一番利用しやすい路地だ」
少し移動すれば王宮の正門を見ることができる位置に、何か意味があるのだろうか。そう思って聞いてみれば、含みのある答えが返ってきた。
「……つまり、魔法による盗みが不可能だと判断した場合には」
「強硬手段として王宮に押し入る可能性は否定できないな」
それに、とベルンハルト様は言葉を続け、私に少し近付くように手招きした。近くに他の人はいないが、念のため、という事だろうか。耳を寄せると、小さな声で告げられる。
「今回の一連の犯人が、王宮関係者の可能性がある」
その場合、堂々と出てくるだろう、と正門を見つめたのだった。
次回更新は7月9日17時予定です。