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相次ぐ被害

「大丈夫です」

 既に昼に差し掛かっており、お客さんはカリーナさん以外いない。店の戸を閉め、休憩中の看板を出して、カリーナさんに椅子を勧める。互いに向き合って座ると、小さな咳払いの後、話が始まった。

「今日は、注意を促しに来たの」

「注意、ですか?」

「ええ。注意と言っても、貴女の店に問題があるわけではないわ。これは、どの店にも共通して伝えていることだから」

「そうですか」

 一瞬、何か悪い事をしただろうか、と身構えたがそうではなく、この街の装飾品店全てに言って回っていることらしい。とはいえ、全ての店ではなく、装飾品店だけに注意するような事はすぐには思いつかない。何かあったのだろうか。

「……最近、それも、瘴気が街から無くなった直後からなのだけど、貴金属の盗難被害が続いているの」

「装飾品店に盗みに入っている者がいるということですか?」

「それが、最初の事件はこの街でも最も価格帯の高い装飾品店で起こったのだけど、次の事件は我がメディク家、さらに次は貴族向けの服飾店、と言った所ね」

 貴金属がありそうな場所なら、何処にでも盗みに入っているらしい。一番最近の例では、市場で働いている女性の結婚指輪まで盗られてしまったというのだから、かなり節操がない犯人だ。日増しに被害は増えている、とカリーナさんが言ったところで、疑問が浮かぶ。

「そこまで被害が多いなら、どうして噂になっていないのでしょうか?」

 最初の事件は、瘴気が無くなり、眠っていた街の人が目を覚ました直後に起こったという。同日、メディク家も盗難被害に遭っているのなら、翌日には大々的に知らされていてもおかしくないはずだ。どうして今になるまで情報が回ってこなかったのだろう。

「……情報統制が入ったのよ。王宮の方から、被害額の半分が支払われる代わりに、このことを漏らさないようにと言われたの」

「それは……、私に話して大丈夫なのですか?」

「あまりにも被害が拡大して、情報統制は無理になったと判断したみたい。今日から解除になったわ。逆に、犯人を早急に突き止める為にも注意喚起を行いなさい、って」

 情報統制をした、ということは当初は秘密裏に解決しようとしていた、ということである。貴金属の窃盗、となると一番に被害を受けると思われる貴族がまだ被害を受けていない、と言うのも引っ掛かる。単に、犯人が貴族区域に入れないような身分なだけだろうか。だが、様々な店に入っている犯人が、貴族区域に入れないという事なんてあるのか。

「……貴女は一人で店を回しているから、不安なら、うちから人員を回してもいいのだけど」

「いえ、大丈夫です。装飾品店とは言っても、貴金属はないですから」

「そう。安全確保の為の人材派遣は他の店にもやっていることだから、気持ちが変わったらいつでも言いに来て頂戴」

「ありがとうございます」

 話は以上のようで、カリーナさんは静かに椅子から立ち上がった。この後も、他の店を回って注意喚起を行うらしい。入り口の扉を開けて、カリーナさんを見送ろうとすると、扉から出る直前に彼女は足を止め、私の方を見て、ぎゅっと胸元のペンダントを握りしめた。

「店主さん。これは、何の根拠もない話なのですけれど……」

「?はい」

「犯人は、私の、このペンダントを盗もうとしたのではないか、と思うのです」

「……どうしてですか?」

 カリーナさんが身に着けている、貝殻のペンダント。恋人のエリオさんと一緒に作った、という彼女にとって重要な付加価値はあるものの、貴金属は用いられていない。一般的に見れば、豪商メディク家にある品の中で、価値は低い方だろう。

「普段、眠る時にペンダントを入れていた箱の近くが、一番荒らされていたの。他のアクセサリーも普段から近くに保管してあるから気の所為かもしれないのだけれど、身に着けていなかったら、盗まれていた、と、どうしても、思ってしまうの」

「カリーナさん……」

「ごめんなさい。店主さんに話したら、何か理由がわかるかもしれないと思って……」

「いえ、それだけ、大切にして頂けていることを知れただけでも嬉しいです。何かわかったことや、異常があったら伝えますので」

 そういうと、カリーナさんは少し安心したように笑って、去っていった。完全に姿が見えなくなった後、私はカウンターに戻り、椅子に凭れ掛かる。

「……貴金属、情報統制、それと、ペンダント」

 最後の貝殻のペンダントは、貴金属に比べて装飾品としての価値は低い。が、しかし、魔法付与がされている、と言うことを考慮すると、その効果はどうであれ付加価値は高まる。そして、貴金属と言うのは魔法道具の触媒として用いられることが多いものだ。

「瘴気が収まった直後には盗まれていたのなら、犯人は瘴気の中でも行動ができた……」

 つまり、瘴気から身を護る術を持っていた、と言うことになる。そして、瘴気が発生した瞬間に身を護る術を持っていたのは、普段から魔法道具や魔法付与されたものを身に着けていた、極一部の人間だけだ。

「……大事になりそうな気がする」

 嫌な予感がして、私は急いで便箋を取り出したのだった。


次回更新は7月2日17時予定です。

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