久々の客人
「……これは、想像以上の出来栄えなのでは?」
工房の中、一人感嘆する。誰も聞いていないのについ言葉にしてしまう程、一回目の実験が上手くいったのだ。完成した水引のコースターを手に持ち、どこにも異常が無いか確認する。切れたり、表面が削れたりといったものは見たところない。
「偶然かもしれないから、確認は大切だよね」
もう一度やってみよう、と水引のコースターを作業机の上に並べて置きなおし、その上に工具を一つ置いて魔力を込める。すると、工具は瞬時に反対側のコースターの上に移動した。もう一度魔力を込めると、最初のコースターの上に戻る。これで一方通行ではないことも確認できた。
「魔法付与の詳細は……」
『付与詳細』
『空間交換コースター:対となる物体同士の範囲内の空間を入れ替える』
前回の空間接続チャームとは違う説明文だ。対となる物体、というのは同じ色で作られたコースターのことだろう。しかし、物体同士の空間を繋げるのではなく、物体同士の範囲内の空間を入れ替える、というのはどういう事だろうか。
「接している物を指定の空間座標に移動させるわけではなくて、範囲内の空間そのものを交換する、ってこと?」
コースターを目印として、触れている物をもう一方の場所に飛ばすのではなくて、コースターの上部空間をそのまま切り取って交換している、ということならば、深刻な問題が発生する可能性がある。
「まさか……」
今度は、ワイヤーを伸ばし、わざと両端がコースターからはみ出すように置く。そして、魔力を込めると、ぱきん、とまるで、ニッパーでワイヤーを切った時のような音が部屋に響いた。反対側のコースターを見ると、丁度、コースターの大きさと同じ長さのワイヤーが移動してきている。
「……当然、もう片方には、コースターからはみ出た分のワイヤーだけが残る、と」
範囲内の空間そのものを交換する、とはそういう事らしい。念のため、反対側からワイヤーを移動させてみたものの、一度切れたワイヤーが元に戻ることはなかった。コースターの魔法を発動させた時点で、完全に別の空間と入れ替わり、時間が止まるという事はないのだろう。遠隔で魔力を込めていなかったら、どうなっていたのだろうか。
『安全機能として、発動させるための魔力を帯びた物体は空間交換の対象から除外される』
一応、魔力を流す為に手を振れていても、その部分は空間交換の対象にならないらしい。でも、発動者以外がいた場合、恐ろしい事態になることは変わりない。安全機能が増やせるのなら増やしておこう。追加で魔力を込めれば、任意の効果を追加で付与できる筈なので。
「……これ、下手すると、超凶悪兵器になってしまうのでは?」
安全対策については後でベルンハルト様に最も適した効果を聞くとして、空間交換について考える。コースターの上の空間の時間が止まらない、ということは、例えばだが、コースターの上に水を流している状態で魔力を込めたら、相手側に移動した水は移動した直後にコースターから零れ落ちていくだろう。
「例えば、このコースターの空間内で火の魔法を使って、直後に移動させれば……」
もう片方のコースターがある場所に、火が移動する。応用すれば、幾らでも使い方は出てくるだろう。勿論、正しい使い方をすれば大いに人々の役に立つものでもあるのだが。
「……研究所なら、研究目的以外には使わないと思うけど」
もし、誰かに持ち出されたりすると怖い。これは、直接持って行った上で、研究が終わったら廃棄してもらうか、特定の人物以外には使えないようにしてもらった方が良いだろう。今日はこれ以上、魔法付与した物は作らずに、明日から店に出す為の作品を作ろう。
「青、白、青。緑一色もいいな。後は、パステルカラーで纏めてみるのも……」
水引を並べて、全体の色合いを見ながら作るものを決めていく。コースターは、二つ重ねて、作業机の一番上の、鍵のかかる引き出しに入れておくことにした。
翌日の営業日から、水引のピアスの販売を始めた。編み物などとは違い、馴染みのない水引が受け入れられるか少々心配だったが、お客さんの殆どは珍しいアクセサリーを見に来ている。予想以上にあっさりと受け入れられ、初日から注文が幾つか入り、上々の滑り出しだった。
「店主さん、お久しぶりね」
注文を整理していると、入り口から真っ直ぐカウンターに向かってきたお客さんから声を掛けられた。誰だろう、と思って視線をあげると、胸に貝殻のペンダントを付けた女性が私に微笑んでいた。
「カリーナさん。本日はどのようなものをお求めですか?」
この街でも有力な商家、メディク家のお嬢様にして以前、この店を利用したことのあるお客様だ。今日も何か目新しい物を探しに来たのだろうか、と声を掛けると、彼女は少し困ったような表情をした。
「……今日は、商品を買いに来たわけではないの。店主さん、少し、お話をする時間はあるかしら?」
次回更新は7月1日17時予定です。