大量生産に向けて
ベルンハルト様は差し出された紙に目を通すと、無言で私に紙の束を渡してきた。どういった形なら作りやすいのかを見ればいいのだろう。どれも複雑そうな形だが、一つくらいは何とか作れる形があるかもしれない。
「…………この二枚は、ちょっと難しいですね」
一枚目。交差する線が多過ぎるので、ワイヤーで加工するのは難しい。というか、重なりすぎて大きく膨らんでしまいそう。二枚目は交差している箇所自体は少ないが、魔法陣の外側と内側で太さを変えないといけないらしい。それに、細かすぎる部分がある。ワイヤーでなく、特殊な塗料で書き込むにしても、相当な難易度になるだろう。
「残りも……、難しいですけど、上手くやればできるかもしれないですかね」
十分複雑なのだが、順番を考えて、正確に形を作っていくことができれば何とかなるかもしれない。とはいえ、少しでも失敗すれば全体の形が崩れそうである。慣れない人が手早く、大量に作るには向いていないだろう。
「明日の朝までには騎士団にある程度の数を渡したい、という条件を付ける場合、この模様はどう思う?」
「絶対に無理です。もっと単純な形にしないと、大量に作るのは不可能です」
はっきりと言うと、魔法陣を描いて持ってきた研究員たちが肩を落とした。小さな声で、でも魔法の効果が薄れる、とか、これが一番効率のいい魔法陣で、とか言っているのが聞こえる。できる限り性能を高くしたい気持ちは分かる。が、今は時間との戦いだ。私はちらりとベルンハルト様の方を見てから、しょんぼりしている研究員たちに微笑みかけた。
「そこにある、器の試作品。あれに、この模様を筆で描くことができるのなら、その魔法陣を採用しても大丈夫だと思います。容器の部分を作る人と、魔法陣を描きこむ人を分ければ効率よくできると思うので」
「は、はい」
「数が足りないので、無理だったら模様を消して描き直すことはできますか?」
「大丈夫です。元通りにする魔法は習得しています」
「なら、やってみて貰ってもいいですか?」
そう言って試作品を渡すと、五人の研究員たちは元気よく返事をして席に戻っていった。これで描き込めるならそれでいいし、駄目だったとしても即座に否定されたわけではなく、自分で作ってみて駄目だったということになるので反発することもないだろう。
「人を使うのが上手いな」
「魔法陣について詳しくないのは事実ですから、詳しい人にやってもらうのが一番かと思いまして」
「まあ、あの人たちは研究所内でも器用なので、駄目だったら他の人も駄目でしょうね」
そう言いながら、クルト君が研究員の専門分野と向いているであろう作業を簡単に教えてくれる。作業内容を考えるのは私の仕事かもしれないが、分担を決めるのはベルンハルト様ではなかろうか。
「私が決めて大丈夫ですか?」
「あまりにも問題が起こりそうなら口を出すが、基本は任せる」
製作について詳しくないからな、とベルンハルト様は言い、微かに笑った。フォローはすると言われているし、先程自分で詳しい人にやって貰った方が良い、と言った手前、断ることができない。
「ベルンハルト様って、結構意地悪ですね」
「これでも貴族社会に身を置いているからな」
皮肉や揚げ足取りは日常茶飯事、という事だろう。貴族社会怖い。まあ、ベルンハルト様は私を陥れようとしている訳ではなく、その人ができる限界ギリギリまで仕事を与えようとしているだけなので問題はない。部下になると大変だろうけど。
「さて、分担はどうする?」
「……細かい作業が苦手、とはいっても魔法の扱いは皆様一定以上なら、そういった方を光源に魔力を込める担当にします」
ただ、人数はあまり多くなくていい。先に作業を終わらせて他の手伝いをする、と言うことができるならいいが、他の作業がすべて向いていないような人がいるなら、その人に全部任せた方が良いだろう。どうせ、作る方が時間は掛かるのだから。
「器を作る所に一番人数が要ります。時間短縮するにも、乾燥させる魔法が使える人が必要になりますし……」
「その辺は各自勝手に魔法を使って短縮すると思いますよ。後、僕はルイーエ嬢と同じところがいいです」
「なら、クルト君にこの部門を任せますね。細かい人数比を決めるには、魔法陣が描けるかどうかが重要ですが……」
ちらり、と先程の研究員たちの方に視線をやると、五人は明るい表情で此方に走ってきた。狭いのに走るのは危ないと思うのだが、誰も注意しない。
「丁度終わったみたいですね。できましたか?」
「全部失敗しました!!」
滅茶苦茶いい笑顔で、元気よく失敗したと言われても反応に困る。思わず苦笑いしていると、横からクルト君が呆れた声で言った。
「質問に答えるのはいいですけど、結論を先にどうぞ」
「失敗しましたけど、ちょっと改良したらできました!!」
五つの魔法陣のいい所だけを反映できた上に、形も簡単になったらしい。話し合いも大事ですね、と嬉しそうに言う。試作品に描かれた模様を見てみたが、ある程度器用な人なら曲面にも描けそうなものになっていた。
「ルイーエ嬢、できるか?」
「はい」
素材は全て研究所の物を使う。となると、私の次の仕事は、作業工程を実演することである。
次回更新は6月24日17時予定です。