鬼灯提灯
ベルンハルト様の質問に、私は言葉を詰まらせた。空間接続チャームは持ってきているので、適当な鞄や袋を借りたら道具を取り出すことは可能だろう。が、魔力の消耗が激しいので長時間の作業には向いていない。可能なら工房に入った方が作業しやすい。
「一応、できますが……」
「空間魔法の発動が難しいのなら、魔法陣を描く補助をする」
私が言い淀んでいるのを、魔法陣などの準備が足りていないからだと判断したベルンハルト様が手伝いを申し出てくれる。補助があれば魔法を使っても以前ほど消耗しないかもしれない。しかし、時間が足りない今、最も重要視されるのは作業効率ではないだろうか。
「……作業場所は、この部屋の中でないといけませんか?」
空間スキルについて、いずれはベルンハルト様に見せる予定だったのだ。予定が少々前倒しになっても構わないだろう、と思い尋ねてみる。ベルンハルト様には予想外の提案だったのか、僅かに目を見開いた。
「幾ら瘴気の影響を受けないとはいえ、店まで戻るのは……」
「そうではなく、私の、空間スキルを使って作業をしてもいいですか?」
「……ルイーエ嬢のスキルは、空間自体を作り出せるものなのか?」
この国に連れて来られた日本人は一人一つ、特別な空間スキルを与えられるが、その内容は千差万別。共通するのは空間に関するもの、ということだけで、特定の行動をしやすくする【工房】や【薬局】はまだいいが、【ゴミ箱】や【時計塔】といった使い道が限られたスキルもある。
「はい。私の空間スキルは、アクセサリーを作るための作業場がそのまま出てくる、というか、その場所に移動するスキルです」
「……空間を生成した上に、その空間に移動できるのか」
ベルンハルト様のお父さんがどんな空間スキルだったのかはわからないが、全く別の空間を作り出すタイプではなかったのかもしれない。私の説明の後、ベルンハルト様は無言で何か考えているようだったが、暫くの間の後、ゆっくりと口を開いた。
「ルイーエ嬢が作業しやすい方法を取ると良い。が、その空間に移動できるなら、一度中に入れて貰えないだろうか。それとも作業風景を見られるのは苦手か?」
「……見られるのは、別に、大丈夫ですけど。一緒に移動できるかどうかは、ちょっと、試したことが無いのでわからないです」
工房に入る時は、宣言すれば移動できていたので意識したことが無い。出るときは扉から出るけど。今迄、工房に入る所は人に見られないようにしていたので、具体的にどうやって移動しているのか全く分からない。移動するときに手を繋いでおけば大丈夫なのだろうか。
「普段は、宣言したら移動している、という感じですけど……」
「移動先は常に同じ場所か?」
「そう、ですね。部屋の扉の前に移動しています」
物の配置どころか空間の広さ自体が変わったりしているが、いつも移動したら扉の前に移動していたはずだ。
「魔法で移動する理論と大して変わらない可能性が高いな。移動先が常に固定化されていることと、空間スキルであることから魔法陣が不要なのか……」
「止めておきますか?」
「いや。接触していれば問題なく移動できるだろう」
そう言って、ベルンハルト様は私に向かって手を差し出した。私は小さく頷いて、いつもとは逆向きに差し出された手を取る。失敗しないように心の中で祈り、移動先の光景を具体的に想像する。
「【工房】」
頭の中に工房を思い浮かべる為、強く瞑っていた瞼をそっと開ける。すると、いつもと同じ、工房の風景が広がっていた。無事に隣に立っているベルンハルト様は、興味深そうに作業机や壁を見渡した後、足元に視線を落とした。
「……ルイーエ嬢、靴が無いのだが」
「あ。……えっと、工房から出るときには履いた状態になっていると思います」
畳の上では、というか、室内では靴を履かない文化圏出身なので、いつの間にか靴が消えていても気にしたことが無かった。出た時にはきちんと履いているし。ベルンハルト様は少々落ち着かないようだが、咳払いを一つすると真剣な表情で話を始めた。
「ルイーエ嬢に作って貰いたいのは、魔法を込める為の器になる」
「形や素材に指定はありますか?」
「騎士団の装備品とする予定なので、アクセサリー用のものより少し大きい方が良い。素材に特別な指定はないが、込める魔法は瘴気から身を護るものと、周囲を照らすものになるので、光を通すものの方が良いだろう」
言われた条件を簡単にメモしていく。大きく持ち運びやすい。また、騎士団が持って行くなら頑丈な方が良いだろう。そして、ランタン代わりにもできるような構造。そこまで書いて一度手を止めた瞬間、机の端に置いておいた、乾燥中の作品が目に入る。
「……ベルンハルト様。こういったものはどうでしょうか?」
指し示した先にあるのは、ディップアートの鬼灯。日本では鬼灯を模した提灯も多く、中心のビーズ部分を光源とすれば灯りとして十分に機能するだろう。どうですか、と尋ねてみると、少しの間の後、ベルンハルト様は小さく頷いた。
次回更新は6月21日17時予定です。