住民の避難
「協力してくれるなら、早速研究所の方に移動したいところだが……」
ベルンハルト様は言葉を切って、ベッドで眠っているトッド君とターシャちゃんに目を向けた。機密事項も多いであろう研究所の中に子供を入れる訳にはいかないが、放っておくわけにもいかない。
「長時間二人と離れるのは、流石に心配です」
「だろうな」
緊急時に大人を呼びに行くほどの判断力を持っているとはいえ、まだまだ子供だ。家族が目を覚まさず、街は真っ暗なこの異常事態で心を強く持てとは言えない。できる限り側にいてあげたいと思う。
「……教会には魔法陣が貼ってある。他に、無事な者が集まっているかもしれない。一度確認に行った方が良いだろう」
「わかりました」
緊急事態で、家族が何故か眠りについたまま目を覚まさない。となると、殆どの住人が頼る先は教会だろうとベルンハルト様は言う。そういえば、教会は子供たちの基礎教育もしているが、炊き出しや簡単な治療も行っていたはずだ。
「それに、この区域の教会はランバート伯爵家が支援している。運が良ければ誰かが様子を見に来ているだろう」
以前、教会に手芸教室の許可を取りに行った時に、神父様とランバート様は面識があったのはそれが理由だろう。繋がりがあるのならば、緊急時に確認はしているかもしれないが、問題がある。
「この状況で、外に出ているでしょうか……?」
「必ず、何か行動はしている。多少の魔力消耗よりも市民の安全を優先する一族だ」
それに、魔法道具さえ持っていればある程度の安全は確保できる、とベルンハルト様は続けた。確かに、見ると少しだけ元気が出る、という効果の筈の虹色の指輪でもこれだけの効果が出ているのだから、予め対策していたのなら、ある程度の余裕はあるのかもしれない。
「まずは教会、そこで避難者等の確認を行い、この二人をどうするかを決める」
「わかりました。移動するなら、二人を起こした方が良いでしょうか?」
ベルンハルト様の予定からすると、教会の様子を見て此処に戻ってくる、という訳ではないだろう。それなら二人を教会まで一緒に連れて行かないといけないが、流石に二人を同時に抱えて連れていけるほどの体力はない。頑張っても一人が限界だろうから、自力で歩いてもらうしかない。
「…………説明するのも面倒だ。このまま連れて行く。ルイーエ嬢はこれを」
「ブレスレット、ですか?」
「簡単な身体強化の魔法道具だ。魔力を込めれば使える。かなり楽になるだろう」
そう言いながら、ベルンハルト様は眠っているトッド君を抱きかかえた。いつも通りの読めない表情だが、とても丁寧に抱きかかえるので、その差がおかしくて笑いが漏れてしまう。
「何かあったか?」
「いえ。行きましょう」
赤色のブレスレットに魔力を込め、ターシャちゃんを背中に手を回す。道具の効果なのだろう、予想以上に軽々と抱き上げることができた。私が問題なく歩き出したことを確認して、ベルンハルト様が歩き出す。その後ろを歩こうとすると、目線で隣を歩くよう指示され、また少し笑ったのだった。
教会に到着すると、礼拝堂には避難してきたであろう人が一列に並んでいた。教会の敷地内であれば魔法陣の効果があるので、礼拝堂に入る前に誰が避難してきたのかを確認しているのだろう。列に並ぶべきか、それとも事情を説明して先に入れてもらうかどうしようかと考えていた時だった。
「あんた達も避難してきたのか?」
最後尾に並んでいた中年の男性に声を掛けられた。どう答えたものか、と悩んでいると、男性は何度も頷きながら話を続ける。
「これは二十年前にもあった聖女様の最後の戦いの証拠だな。まあ、俺達には大して影響が無いから、眠っている奴らはそのまま、起きてる奴は食事のこともあるから教会に避難してる訳だが……。あんた達、家族全員無事だなんて運がいいな」
「えっと……」
何処から否定すべきかわからない。どちらかと言うと避難状況を確認しに来た側だし、私たちは家族ではない。それに、そもそも一方的に話をしてくる男性のあしらい方も分からない。待っている間は暇なのか、男性は話を続けているし、どうやって切り上げよう、とベルンハルト様を見る。
「…………悪いが、緊急の用件がある。先に行かせてもらう」
「お、おい。神父様は忙しいって……」
「ルイーエ嬢」
端的に告げると、ベルンハルト様は礼拝堂の入口へと列を無視して歩き始めた。いいのだろうか、と迷ったが、短く名前を呼ばれて慌てて付いて行く。
「ああいう手合いを相手する必要はない」
「すみません……」
前を歩くベルンハルト様の表情は見えないが、時間を無駄にしたからか少し怒っているように聞こえる。もっと気を引き締めないといけなかったな、と反省して謝ると、ベルンハルト様は振り返り、深いため息を吐いた。
「……そういう意味で言った訳では」
「今迄連絡も取れない状況で何をしていたんですか、ベルンハルト!!」
ベルンハルト様が何かを言おうとした瞬間、勢いよく礼拝堂の扉が開き、中からランバート様が飛び出してきたのだった。
次回更新は6月19日17時予定です。