波乱の開店
朝食を摂り終わると、三人は元気よく出掛けて行った。食器を片付けながらその背を見送り、今日の予定を立てる。
「そろそろ、正式に店を開こうか……」
開店許可自体は取っているので、後は商品の数さえ揃えば店開きはできるだろう。最初はジュディさんたちのカフェに数点のアクセサリーと小さな看板を置かせてもらえないか交渉してみよう。
「最初は商品サンプルを見てから、受注式を主体にすれば、今日からでも……」
「店を開くのかい?」
「ジュディさん!?」
ぶつぶつと呟きながら食器を拭いていると、既にカフェの開店準備を始めていたはずのジュディさんが真横に立っていた。驚いて危うく皿を落とすところだった。
「忘れ物をして戻ってきたんだよ。それで、店開きするんだって?」
「そうですか……。まだ商品の数が十分とは言えませんが、実際にビーズリングを見てもらい、受注生産をしつつ品物を増やしていけたらと考えています」
今は八の字編みのビーズリングだけだが、違う大きさのビーズを増やすだけで印象はガラッと変わるし、花のような形を編む方法もある。
「それで、宜しければカフェの方にリングと小さな看板のようなものを置かせていただければと思うのですが……」
「なんだ、そんなことかい。全然構わないよ。そうだ、二人共見せびらかしたくてたまらないだろうし、トッドとターシャが帰ってきたら、宣伝にでも使ってやっておくれ」
「そ、そこまでは……」
「まあ、言われなくても宣伝し回ると思うけどね!!」
看板を置かせてもらえるどころか、二人を宣伝係にする許可まで下りてしまった。そこまでして貰うのは流石に申し訳ない。が、ジュディさんはかなり乗り気である。
「それで、看板はもう出来てるのかい?」
「はい。一応、簡単なものですが……」
昨日、ビーズリングを作った後に、簡単な看板も作っておいたのだ。ジュディさんに一言断り、部屋から看板を取ってくる。
「これは……」
「名前をつけるなら、これしかないと思って」
小さな看板は、虹色に塗られている。店の名前は『アルコバレーノ』。イタリア語で虹を意味する。ちなみに、開店・閉店時間はカフェと同じにしてある。
「素敵な響きだね。どんな意味があるんだい?」
「私の元いたところで、虹、というか意味を持つ言葉です」
「いいじゃないか。早速、店の入り口に置いておくよ」
「え」
予想以上に目立つ場所である。もっと邪魔にならない場所でいいです、と言う前にジュディさんは階段を降りて行ってしまった。
「い、急がないと……」
カフェの開店まであまり時間がない。テーブルクロスは引いてあるものの、ここまで話がとんとん拍子に進むとは思っていなかったので、陳列その他は終わっていない。大慌てで食器を片付け、階段を駆け上がる。
「こ、【工房】!!」
3階に到着した瞬間叫び、工房に入る。陳列用品の引き換えをしようと壁を見ると、初依頼達成ボーナスで【工房】スキルと【ビーズ】技能が100ポイントずつ入っていた。
「【工房】スキルポイント利用、リングスタンドを、……取り敢えず10個」
よくある、指みたいなやつである。見栄えを考えて、白と黒をそれぞれ5個ずつ交換することにした。1つ10ポイントずつなので丁度貰ったポイントが無くなる。
「後は……」
リングスタンドと一緒に、見本用のビーズ瓶とテグスを纏めて持って、工房から出る。
「テーブルに対して商品が少ない……」
最終的には、テーブルごとにジャンルの違うハンドメイド作品を並べたいところだが、まだまだ道のりは遠そうだ。取り敢えず、カウンター近くに商品を並べていく。
「取り敢えず、ビーズリング以外にもブレスレットとネックレス……」
作りたいが、準備が最優先だ。待ち時間に少しずつ作って、もしもお客さんからリング以外に作れないから聞かれたら、その時に口頭で説明すればいい。
「すぐにはお客さん来ないと思うけど……」
というか、今日は一組でも来たらいい方だとは思うけど、開店時間が書いてある以上、準備ができていないなんて言えない。時計を見ながら、なんとか準備を終わらせる。
「…………間に合った」
窓から下を除けば、カフェにお客さんが入り始めている。暫くはこちらに来る人もいないだろうし、ブレスレットでも作りながら時間を潰そう。
指輪と同じ八の字編みだと面白くないので、別の編み方でブレスレットを作る。まずは中央に輪を作り、ビーズコードを数本用意する。
「あ」
そして、ビーズコードを四つ編みにしようと思ったのだが、アジャスターがないことに気付いた。
「そもそも工具も丸カンも無いんだった……」
後で引き換えないといけない。仕方なく花の形を入れた指輪を作っていく。これならテグスとビーズだけで出来るのだ。
白、赤、青、と花の色を変え、見本となる指輪を作っていく。三つほど完成した、ビーズ瓶の中身が減ったので手を止めたところで、下から音が聞こえる事に気付いた。
「トッド君とターシャちゃん、帰ってきたのかな?」
足音は徐々に大きくなっているので、階段を登っているのだろう。窓を見ると、それなりに時間が経過していることがわかる。私もお昼にしようかな、とぼうっと考えていると、足音に違和感を覚えた。
「……多い?」
登ってくる足音は、三つ聞こえた。ジュディさんとカルロさんは仕事、ソニアちゃんは帰ってくる時間ではない。二つはトッド君とターシャちゃんだとしても、残りの足音は誰だろうか。
「お客さん……?」
とにかく、確認しに行った方が良さそうだ。店から出て、階段の方を覗き込む。すると、泣きそうな顔をしている二人と、困った顔で後ろを歩いている、見覚えのある騎士が目に入った。
「「アユム〜!!」」
「えっと?」
私を見るなり駆け寄ってきた二人を抱きとめながら、騎士を見上げる。すると、騎士は真剣な表情を浮かべ、私に言った。
「貴方の作った商品について、お聞きしたいことがあります」
その目には、鋭い光が灯っていた。
次回更新は2月20日17時予定です。