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小さな変化

 ランバート伯爵家にお邪魔した翌日、色々と状況が変わりすぎて疲れているが、お店はいつも通り営業しなくてはいけない。気合を入れてベッドから起き上がり、身支度を済ませて真っ先に工房に入る。

「乾かしておいたディップアート、どうなってるかな……」

 確認するのは、数日前に完成させ、強度を見るために放置していたディップアートだ。強度を確認するために、ディップ液を付けて乾燥させただけのもの、ディップ液が乾燥した後に強化液につけたもの、強化液の代わりにレジンをのせて硬化させたものがある。

「レジンを付けた分は、厚みがあるからぷっくりとして可愛いけれど、ディップアート独特の薄さはなくなったかな……」

 ワイヤーに少し力がかかったところで、レジンがしっかりと硬化しているので変形することはないようだ。強度としてはこれが一番高いだろう。最終的にレジンを使うなら別にディップアートにしなくてもいいのでは、と思うかもしれないが、大きな枠や曲がった枠に膜を作るのはレジンでは難しいのでディップ液は必要不可欠なのだ。

「できるだけレジンを薄く塗れば、ディップアートの良さをもっと表現できそう」

 次に確認するのはディップ液のみで作ったもの。普通に机の上に置いておく分には問題が無いように見える。が、今回確認したいのはアクセサリーとして使えるほどの強度があるかどうかである。

「勿体ないけど……」

 ディップ液によって膜が張られている花びらの部分を摘まむ。アクセサリーとして使う場合は、どうしても膜の部分に手や髪などが触れるだろう。すると、薄い膜はぺり、と軽い音を立てて破れてしまった。

「駄目か……」

 気を付けて取り扱えば大丈夫かもしれないが、日常使いができるアクセサリーとして販売するなら強度が足りないだろう。強化液を付けたものは、つけていなかったものに比べて強度がかなり上がっているが、爪が触れたりすると流石に破れてしまう。

「…………安全策として、レジンを使う方が良いかな」

 できる限り薄くできるように努力は続けるとして、強度の確保のために使用することは決定である。今日から販売するには準備が足りないが、本格的に製作を開始すれば明日から販売することは出来るだろう。

「次は、店の方を確認しないと」

 工房の確認が終わったのなら、次は店の準備だ。昨日は昼過ぎに帰ることができるだろうと思って出かけたら、帰宅時間がほぼ深夜になってしまったので準備どころか掃除もできていない。

「取り敢えず、カウンターとテーブルだけ拭いて、クロスを取り換えて……」

 休みの日は埃をかぶらないように商品は別の場所に移動させてあるので、次々にテーブルクロスを回収していく。洗濯は後でするとして、カウンターの中にある予備のクロスと交換しようと思った時だった。

「手紙が来てる?」

 カウンターの上、内側からしか見えない位置に置いてあるアンティークの小箱が光っているのが見えた。手紙の送り主は当然、ベルンハルト様だろう。

「昨日の夜は私だけを移動させたみたいだから、話は終わったと思ってたけど……」

 時間が遅いので一時的に解散しただけで、話さなくてはいけない内容はまだまだあるのかもしれない。だが、今はちょっと余裕がないので準備が終わってからにしよう。

「テーブルを拭いて、クロスを替えたら商品を展示して……」

 今日は受注した商品の引き渡しはない筈なので、そちらの準備はしなくていい。気合を入れ直し作業を再開すると予定よりかは早く終わった。

「これなら、手紙を書くくらいの時間はあるかな……」

 クロスと布巾は部屋に持って行くだけにして、昼休みに洗おう。カウンターの椅子に深く腰掛け、体を休めつつ小箱を開けて手紙を確認する。

「……律儀な人」

 箱からはいつも通りの真っ黒な封筒が出てきたのだが、いつもとは違う点が一つ。今迄は封だけが捺してあったのだが、今日届いた手紙には黒に映える金のインクでしっかりと名前が綴られていた。

「内容は……」

 手紙の内容は、異世界人特有の空間スキルについて教えてほしい、というものだった。空間スキルと空間魔法は大きな違いがある、という仮説は立っているものの、サンプルが少なすぎるのでどう違うのかはまだ解明できていないらしい。

「空間スキルと空間魔法、それらの研究が進む事で、空間と空間を繋げること、つまり、元いた場所に帰ることができる可能性がある、か……」

 少なくとも、王宮で聞いた、聖女か全ての瘴気を祓い終えたら帰るための力が宿る、という話よりはよほど現実的だろう。店の営業に支障が出ないなら、研究所まで来て協力してほしいとのことだ。

「空間スキル……、工房の話か……」

 大分慣れたとはいえ、まだまだ謎の多いスキルだ。ベルンハルト様と話す事でわかることや出来ることが増えたらいいな、と思い、了承の返事を箱に入れたのだった。

 カタン、と軽い音がして手紙が送られる。もしかしたら、日本に戻ることができるかもしれない。その一文が思ったよりも私の心を軽くしたのか、作業に戻ろうと立ち上がったから体は予想以上に軽かった。

次回更新は6月14日17時予定です。

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