訪問の準備
同日、夕方。予告通り、ランバート様からの手紙がB様を通じて送られてきた。明日の朝、迎えに来ること。運ぶ手段はあるので荷物が多くても大丈夫だということ。そして、作って欲しいのはレジン作品だという事だ。
「…………どうしようか」
リアーヌ様に渡したアクセサリーもレジン作品なので、系統を合わせて頼まれることは予想していた。が、しかし、UVレジンの最大の問題は、紫外線でなければ固まらない、という事だ。2つの液体を混ぜることで硬化させるエポキシレジンならば時間が経てば固まるが、経験が無いことと、硬化までに時間が掛かるという問題がある。
「それと、どれだけ材料を持って行くかが問題かな」
糸などは工房で管理している糸束から切った状態ならば持ち出せることは確認済みだが、レジン液や着色料などは持ち出したことが無い。紫外線で自然に固まってしまう可能性もあったので、工房外で作業したことが無かったのだ。
「それに、レジンの作品に使えるものは沢山あるから……」
最低限必要なのはレジン液とアクセサリーにするための基本金具だけとはいえ、色を付けるなら着色料、封入したいパーツも持って行かないといけない。特に、封入物はビーズを始め、毛糸やワイヤーを入れることもあるので、選びきれない。
「工房にあるものをそのまま取り出せる鞄か何かがあれば便利だけど……」
そう呟いて、ハッとする。魔法を使えること自体は、この国では珍しくない。ランバート様は魔法付与が出来ることを知っている。そして、箱の中に入れた手紙を送ったり受け取ったりできる技術は存在する。
「……空間と空間を繋げる魔法道具があっても、おかしくはない」
ならば、工房の道具類を取り出せる鞄があっても、おかしくないのではないだろうか。いつでも工房のものを取り出せるようになれば、カウンターで作業をしている時や、工房に入るわけにはいかないが道具が欲しい時などにすぐ取り出すことができる。今後のことも考えると、かなり役に立つだろう。
「やるだけ、やってみよう」
運が良いことに、お手本になりそうなものもある。私は、カウンターに置いてある、アンティークの小箱に手を伸ばす。
「最近は魔法にも慣れて来たし、多分、大丈夫」
魔力を流す時に意識を集中させて、どのように流れているか、を感じ取る。魔法研究所で聞いた、魔法陣の形が魔法の内容を決めている可能性が高い、という話が本当なら、形を真似れば類似した魔法が使えるはず。
「……こんな感じかな?」
感覚としては、目を瞑ったまま指先で溝をなぞっていたようなものだ。忘れる前に紙に形を書き込んで、何度か繰り返して模様を完成させる。まあ、模様が正確でなくても、付与する内容を具体的に思い浮かべることができれば、多分成功するだろう。
「よし、できそう」
早速工房に入って、道具を机の上に並べる。まずは、ワイヤーで丸い枠を作り、残った部分で金具を取り付けるために、めがね止めをしておく。次に、シリコンマットの上に粘着面を上にしたマスキングテープを貼り、その上にワイヤーで作った枠を固定する。
「レジンを少し、と」
その上に透明なレジン液を入れ、硬化させる。その間に、着色料とレジンを混ぜて、濃い目の色付きレジンを作る。今回は模様をしっかりと書くことが第一なので、黒を作る。
「後は、さっきの模様の通りに描いて……」
爪楊枝で細かい模様を描く、というより、細くレジンを置いていく。隣とくっつかないように、マメに硬化させながら、どうにか模様を作る。プラ板か何かで模様を描いた後に上からレジンをのせた方が楽だったかもしれない。
「取り敢えず、完成!!」
後は、金具を取り付けてバッグチャームの完成だ。編み物で小物入れを作ることもできたのだが、時間が足りないことと、どんな鞄でも取り付けたら工房と繋がったらいいな、という期待を込めてバッグチャームにしてみた。
「結果は……?」
『アイテム:レジンバッグチャーム 製作完了』
『付与詳細』
『空間接続チャーム・特定の空間とチャームを付けた空間を接続する』
予想通りの効果が付いている。通信用イヤーカフを作った時には魔法陣を描きこむことで魔法付与の効果を追加することができると書いてあったし、今回は魔法陣をそのまま作品に書き込んだので思い通りの効果になったのだろう。
「ただ、使うたびに魔力は必要か……」
魔力が底をつくと眠ってしまうので、注意が必要だ。明日は材料が足りない時の保険として持って行くことにしよう。一旦工房から出て、手持ちの中で一番大きい鞄を持って再び工房に入る。
「極力道具を詰めて……」
工房から出る。そして、中身を確認する。
「……駄目か」
中に残っているのは、入れ物から取り出して別の袋に入れた金具やビーズ、ある程度の長さで切った毛糸、そして道具類のみ。幾ら使っても中身が減ることが無いレジン液の容器などをそのまま持ち出すことはできないようだ。
「バッグチャームで取り出すと?」
鞄に手を入れ、レジン液を想像すると手の中に納まる。それを取り出すことは出来るが、手を放すとたちまち消えてしまった。魔力さえ尽きなければ大丈夫だが、さて、どうしたものか。明日が不安になるのであった。
次回更新は6月7日17時予定です。