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御用達の名誉

「ランバート、伯爵家……?」

 つまり、貴族の中でもかなり上の身分、という事である。そんな人がどうして騎士に、と一瞬考えたが、長男でない場合は別の手段で立身出世を目指すのは普通だろう。よくよく考えると、騎士は騎士でも王都を守っているのだから、立場は高いのかもしれない。

「兄上達には迷惑が掛からないようにはしますので……」

「当然です。全く、騎士団にいる間に貴族の作法が抜けたのですか?平民出身のものと過ごすこと自体が悪いとは言いませんが、公の場で貴族の振る舞いができなくなるようでしたら家に戻り、旦那様たちの補佐をして貰いますよ」

「わかりました……」

 家の事情について首を突っ込むわけにもいかないし、身分の低い私からリアーヌ様に話しかける訳にもいかないので、二人の会話が落ち着くまで見守ることにする。此方に意識が向いていないうちに、深呼吸をして動揺で早くなっている鼓動を落ち着け、表情も笑顔を作れるようにしておく。

「次の休日に開催される夜会には貴方も参加するのですから、暫くは家に帰ってきて、しっかり貴族の振る舞いを思い出しなさい」

「夜会?と言うか母上、先程、此処で買ったピアスを夜会に着けていくと言っていた気がしたのですが」

「ええ、その予定です。話題性があり、目新しい。ですが、この店は新しく、呼び出す伝手もないでしょうから他の方と似たアクセサリーを付けるような事態にはならないでしょう」

 王城にいる数日間で、官僚たちの裏面と言うか、どろどろとした部分は見ていたが、貴族同士の付き合いもやはり大変なのだろう。そんな重要な場面に着けていくアクセサリーとして選ばれたことは嬉しいのだが、問題がある。

「…………お話し中、申し訳ございません。少々よろしいでしょうか?」

「構わないわ。どうしたのかしら?」

「此方の商品を評価して頂き、大変喜ばしいのですが、夜会に着けていくには、少々価値が低い可能性があるかと……」

「価値が低いというのは、どういうこと?」

 カウンターに置いてある、注文票を手に取る。そして、製作に掛かった時間などを考慮して値段を書き込み、書類をランバート様とリアーヌ様の方に向ける。目新しさは確かにあるかもしれないが、此処は庶民向けの店。子供だって頑張ればアクセサリーを買える価格帯で販売している店だ。

「この店で扱っている商品は、ルビーやサファイアなどの宝石を使用しておりません。今回の商品も、特定の条件で固まる樹脂と着色料を元に作成したもので、宝石ではないのです。見た目は美しくても、金銭的な価値が低いので、リアーヌ様が夜会に着けていった際、その要素が不利に働く可能性があるかと……」

「…………そんなことを心配していたの?」

「差し出がましい事を言い、申し訳ございません」

 書かれていた価格を見て固まっていたリアーヌ様は、私の発言に僅かに目を丸くした後、にこりと微笑んだ。そして、私が持っていた注文票に素早く名前を書き込んで、返してきた。

「その辺りのことは、貴女は心配しなくていいわ。でも、そうね、本当に素敵な店だから、他に知られるのは勿体無い気がしてきたわ」

 リアーヌ様がそうだ、と手を打った。ランバート様が何を言い出すつもりですか、と僅かに眉を顰めたが、リアーヌ様は気にすることなく私に問いかけてくる。

「貴女、店主として、商品を王侯貴族に売りたい、宝飾品店の頂点に立ちたいとは考えているかしら?」

「いいえ。私は、この店で、誰もが気軽に身に付けられる、唯一のアクセサリーを作って行きたいと思っています」

 否定するのに、迷いはなかった。王侯貴族に会えば異世界から来たことがバレるとか、そんなリスクは抜きに、ただ純粋に店を続けていきたいと思った。

「商人というより、職人なのね。売り込むことに興味がないなら、提案があるのだけど」

「母上、ルイーエ嬢の意志を無視するような内容でしたら、私も黙っていませんからね」

「大丈夫よ。さっきの発言が本当なら、お互いに利益しかないはずだから」

 そう言うと、リアーヌ様は何処からか印鑑を取り出した。ただし、印鑑というより玉璽とでも言った方が正しいのかもしれない程の大きさだ。

「ねえ、私の御用達の店にならない?店名は出さないから他の貴族が来ることもないし、何かあったら仲裁もしてあげる。貴女が商売でなく製作に集中したいなら、その為の環境を整えてあげるわ」

「……その場合、私がやらなくてはいけないこと、というのは何でしょうか?」

「きちんと先に確認するのは良いことね。条件は、貴女にとって難しいものではないわ。夜会の度に、新しい装飾品を作ること。勿論、店に影響が出ないようにスケジュールは前もって教えるし、代金は都度支払います」

 ただし、毎回、目新しさを損なわないことが条件、ということだ。別に、レジン作品が連続しても良いそうだが、必ず今までに無い作品にすることが要求される。後、リアーヌ様が来る日の予定を空けておくこと。正直、かなり、得が多い条件だろう。

「……よろしくお願いします、リアーヌ様」

「よろしくね、アユム」

 こうして、私の店は密かにランバート伯爵夫人、リアーヌ様御用達の店になったのだった。

次回更新は6月4日17時予定です。

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