ランバート家
私に、手を向けた。そう、思っていたのだが、よく見ると、女性が差し出した手のひらは、ランバート様に向けられていた。困惑する私を気にする様子もなく、女性は言葉を続ける。
「リシャール、固まっていないで見せなさい」
先程よりも、幾分か強い口調だ。リシャール、というのは、ランバート様の名前だったはず。となると、この女性とランバート様はかなり親しい間柄で、かつ身分的にも同じくらいだと予想できる。
「貴方が商品を持っているのでしょう?」
女性が要求しているのは、ランバート様が選んだ商品のようだ。これは、ランバート様が頼まれて購入するため、選んだもの。同じものを注文するならともかく、これを渡すわけにはいかない。
「……ランバート様」
此処は、店主である私が説得しないといけない、と思って前に出た時だった。動きが止まっていたランバート様が、小さく何かを呟いた。近くにいた私にも、勿論、少し離れた場所にいる女性にも聞こえなかったようで、彼女は眉を顰めた。
「はっきり言いなさい」
「何故、こんなところに、碌に護衛もつけずに来ているのですか、母上!!」
「えっ」
思わず、女性の方を二度見してしまった。言われてみれば、ランバート様も女性も同じ金色の髪の毛で、瞳の色はそれぞれ桜色と赤色だ。顔立ちも、似ていると言えば似ている。どちらも一般的に、美形と評価されるだろう。それにしても、女性の年齢と見た目が全く一致しないのだが。
「それは勿論、貴方がどんな商品を選ぶのか、どうやって選ぶのかを確認しに来たに決まっているでしょう。貴方が店に入ってから、様子を見ていましたよ。それと、最低限の護衛は付けています。精鋭を選りすぐっていますので、戦力的には十分です」
「実際に店まで来られるのなら私が案内をすると言ったのに、わざわざ行くほどの暇はないから買ってこい、と言ったのは母上ではないですか!!」
「予定が変わったのです。細かい事を言う男は嫌われますよ」
いいから早く出しなさい、とランバート様に詰め寄るが、商品を持っているのは私の方だ。ランバート様は質問をしているものの、見せること自体は拒否していないし、購入前に身に着ける人に確認して貰えるのなら、もし気に入らなかったとしてもその場で選び直すか、注文をキャンセルして貰えばいい。
「あの……、商品は、私が預かっています」
二人の会話に割って入るのは勇気が必要だったが、この状況を何とかするためにも声を掛ける。すると、女性はランバート様を押しのけて私の方へと向かってきた。無表情で近付いてきたかと思うと、私の目の前に立つと、私の両手を取って優雅に微笑んだ。
「他に人はいないとはいえ、お店で騒いでしまってごめんなさいね。私はリアーヌ。そこのリシャールの母です。紛らわしいだろうから名前で呼んで頂戴」
「店主の、アユム・ルイーエと申します」
ランバート様の方をちらりと見ると、小さく頷かれた。商品を見せて構わない、という事だろう。合意が得られたようで良かった。
「貴女の話はリシャールから聞いています。それで、今回注文をさせて頂いたのだけれど……」
「はい。此方の商品になります」
一組のピアスを渡す。リアーヌ様は、丁寧な手つきでピアスを受け取ると、様々な角度から観察を始めた。少し遠めに眺めてみたり、至近距離で細かな造りを確認してみたり。ゆっくりと吟味し、そして、無言でランバート様の方に体を向けた。
「リシャール。この品は……」
「はい」
ごくり、とランバート様が固唾を飲みこんだ。私も両手を握りしめ、続く言葉を待つ。リアーヌ様が、ふ、と笑う。
「合格です。貴方が選んだとは思えないほどセンスがいい。それに、流行には無頓着な貴方が、最近の流行りである青色を選ぶとは、驚きました」
「…………青色が流行していることは存じませんでしたが、母上のお眼鏡に掛かったのなら何よりです」
「ええ、これならば話題性もありますし、次の夜会に着けて行っても問題ないでしょう」
笑顔だったリアーヌ様の表情が、凍り付いたような気がした。
「把握していなかったのですか?ネイジャンと我が国の交易を一任されているキアン様が、聖女一行による瘴気祓いの儀式の際に我が国が支援したことに感謝を示し、青色の宝石を贈ってくれたではありませんか」
「そう言うこともありましたね……」
「あれ以降、青色はネイジャンと我が国の友好の証になっています。それに、公の場には滅多に姿を現さない魔法研究所長様も青色の装飾品を身に着けて記念の夜会に参加されたではないですか」
それで現在、貴族がこぞって青色の装飾品を身に着け、それを真似て平民にも流行している、という事なのだろう。それにしても、夜会、という単語が出てきたという事は、私が思っている以上に、ランバート様達の身分は、高いのではないか。
「そんなことも把握していないのでは、ランバート伯爵家の品位が疑われるではありませんか。もっとしっかりなさい」
聞こえた単語に、私は一気に意識が遠のいた。
次回更新は6月3日17時予定です。