悪役令嬢登場
エマの苗字がウィルソンのままになっていたので修正しました。
元々ウィルソンだったのですがアンダーソンと被るのでお蔵入りになりました。
クラス毎のオリエンテーションが終わり、初めての授業は魔法学だ。これはゲームでも重要な場面だ。
しかし私にはそこに辿り着く前に試練がある。授業が行われるのは中庭なのだ。
『エマ、エマ、一緒に行きましょう。私中庭に出る前に迷子になる自信がある』
「一緒に行くのは良いけど、地図があるでしょう? 私だって初めて行くのよ」
『いきなり移動教室なんて罠でしょ。お昼休みになったら探検して回らない?』
2人で配布された地図を確認しながら話していると、エリザベスが声をかけてきた。
「良ければ私も一緒に良いかしら。昨日アレクサンダー様に案内していただいたので中庭の場所は分かるわ」
『リッチ様! ありがとうございます。ぜひ一緒に行きましょう』
三人で連れ立って歩く。他にも移動する生徒が多いので、心配しなくとも道に迷う事はなさそうだ。
皆チラチラとこちらを見ている。エリザベスを見ているのか私を見ているのかは分からないが、この組み合わせに違和感を抱いていても不思議ではない。
「ブラウンさんは、光の魔法を使えるのでしょう?」
『は、はい。そうです』
「羨ましいわ。魔法が使えるだけでも素晴らしいのに」
何と返答すれば良いのだろう。
ヒロインが6歳の頃に光の魔法で母の傷を癒したことは知らない王族貴族はいないだろうし、エリザベスは魔法学が苦手だ。
エリザベスだけではない。この学園にいる生徒の中で、卒業後に魔法を生業に出来る生徒など極わずかだ。
魔力があることと魔力がどの系統に属するか分かること、そして魔力を自分の意思で操れる事は全く別の次元のことなのだ。
この学校では各々の魔法の知識を学び、力を開花させ、必要があれば暴走することのないよう修練する。自分の思いのままに操る練習をするのは特別クラスの生徒だけだ。
彼女の魔法は火属性であることは分かっているが、せいぜい指先から火花を飛ばす以上に上達することはない。
初日の今日は同学年の2クラス合同で簡易的なクラス分けを行う。後々クラス移動をする生徒もいるが、エリザベスは少なくともゲーム内で特別クラスに入ることは出来ない。
特別クラスは人数があまりにも少ないため、今後は全学年合同で行う。
ヒロインはそこでひとつ上のジョシュア、ひとつ下のジェームズとも愛を育む。ハント以外の攻略対象が揃う泥沼状態であるとも言える。
普段ヒロインと一緒に行動しているエマがいない事も重なり、白熱のバトルが勃発することも少なくない。
「殿下だわ」
中庭につくと、Aクラスの生徒はほとんどが到着していた。エリザベスはアレクサンダーを見つけ心なしか嬉しそうだ。
って、女子生徒と二人で話しているんですが。
エマを見ると、彼女も表情が引きつっている。合同クラスなのだからすぐにエリザベスが来ると分かっているだろうに。
「あら、ドリスだわ。私の友人なの。良ければ紹介するわ」
良く見たら悪役令嬢じゃん! エリザベスの友達だったの!?
彼女はAクラスで一番積極的にヒロインに嫌がらせをしてくるキャラクターで、アレクサンダーにもあわよくばとアプローチをかけているはずだ。
見た目にも金髪縦ロールで青い目の美人で、装飾品も豪華な彼女は、本当に典型的な悪役令嬢だ。
エリザベスがBクラスになったのを良いことに……ってこと?
彼女のそばで虎視眈々とチャンスを狙っていたのかも。
「アレクサンダー様」
「あぁ、エリザベス。ブラウン嬢。こちらはドリス・アンダーソン侯爵令嬢だ」
「ごきげんよう」
挨拶したきり、彼女はツンとそっぽを向きこちらを見ようとしない。エリザベスがエマを紹介しても一度目を合わせたきり、まるでアレクサンダーとエリザベスしか一緒にいないかのようだ。
これは、エマと立ち去った方が良いかも知れない。
チラリと彼女を見ると、こちらを横目で見て微かに頷いた。
『あー……私たちは失礼いたします』
ごめんエマ、無難な理由とか思いつかなかった。
まぁ私平民だから、きっと多少笑われておしまいだろう。
「ブラウン嬢、生活が一変して大変だろうが、何か不自由な事はないか?」
ぐ、引き留められた。
寮に入った生徒は全員、生活が一変していると思うんですけど。
『ありがとうございます。友人にも恵まれましたし、リッチ様がとても親切にして下さるので、何も問題ありません』
エリザベスの唇が少しほころぶのを見て、私も笑顔になる。思っていたより可愛い人なのかもしれない。
「それは良かった」
「光の魔法を扱う“平民”とこんなにも早く打ち解けるなんて、Bクラスに入ったのも運命ですわね」
エリザベスにも嫌み!?
そう言えば、エリザベスがAクラスに入った友人から連絡がないって言っていたのはドリスのことか。
「あら先生がいらっしゃったわ。“クラス毎”に集まらないと」
「そうだな。エリザベス、ブラウン嬢、ナイトリー嬢。また後で」
エリザベスはニコやかに2人と別れたが、振り返った表情は少し青ざめていた。
いやいやいや、Bクラスに入ったからって、今まで友人だった未来の王妃にあんな態度はないでしょ!
「リッチ様」
エマがいやにはっきりした声で話しかけた。
「恐れながら……王太子殿下の婚約者としてリッチ様が選ばれたのは、現在王国には戦争の意思がないことを王族貴族はもちろん近隣諸国にアピールするためではないかと」
エマがこんなことを話すのは初めてだ。
ゲームでは国政についてはあまり語られない。だが、アレクサンダーが戦争を望んでいない事は間違いない。そして弟のジェームズは改革派で、ゲーム内でも戦争を厭わないと明言していた。
だからこそ二人の仲は険悪で、貴族も一部では派閥争いが熾烈だ。
エリザベスの父が穏健派だと言うのなら、おそらく国王は戦争を望んでいないのだろう。
ジェームズが未だに婚約しないのは、国王との考えの違いが影響しているのか?
「えぇ、そうでしょうね。私は魔法が苦手で父は穏健派、さぞや都合が良かったことでしょう」
「天が導いたのでしょう。攻撃的な女性ではなく、平和を望む女性をと。王太子殿下もそれをお望みです。レナが感謝しているのをみて、リッチ様こそ自分のパートナーに相応しいと感じたに違いありません」
「ありがとう、ナイトリー嬢」
と、言う事は、アンダーソン家は改革派?
エマは公爵家と親戚だし、王政に詳しいんだな。それとも私が知らないだけか。平民だからそれで良いけど。
『戦争だなんて怖いわ』
魔法が一番生かせるのは戦争だ。近隣諸国では魔力を持つ者はほとんどいない。
エリザベスの曽祖父が紅炎の騎士と呼ばれる所以は、火の魔法の力で森を焼き尽くし、敵兵を一掃したからだ。
有能な魔導士が一人いれば戦争は圧倒的に有利なのは明らかで、近隣諸国がこの国を恐れるのも無理はない。
魔法がろくに使えないエリザベスを王妃にすれば、隣国は親近感を抱くだろうし王族でも魔法が使えない者もいるのだと緊張が和らぐかもしれない。
ただ北の国は現時点でプライス家の領地を侵略しているのですが、そこは外交でなんとかしてくれるという事ですかね?
作中で散々戦争はしたくないと言っていたアレクサンダーに、じゃあ北方の問題はどう解決するのかと問えない事は歯がゆかった。
戦争をしないと言う選択をするためには、この国は乗り越えなければいけない問題が多すぎる。アレクサンダーは明らかにそれらから目を反らしているのだ。
「魔法学が始まるわ」
憂鬱そうな声でエリザベスが言う。
私も憂鬱だ。ドリスは、特別クラスに入るのだから。




