オリオンとウィリアム
自分の失言のせいで大ピンチです。
ウィリアムはニッコニコで、断られるとは微塵も思っていないようだ。パイを食べないかと誘ったのは私だけど、この年齢の男女が2人きりでお茶するのはあまり褒められたものではないと思う。そういう性格なのか、それとも自分の立場が上だからかな……。
4人目の攻略対象であるウィリアム・ハントは、王国の騎士団長の嫡男だ。長身でガッシリとした体格で、茶に近い赤毛を短く刈り上げた爽やかな男性らしい雰囲気を醸し出している。
『あの、自分から差し上げると言っておいて大変申し訳ありませんが、今日会ったばかりの男性と2人でお茶というのは……』
「あ、あぁ、そうだな。すまない」
良かった、引き下がってくれた。ウィリアムの性格を信じて言ってみたけれど上手くいったようだ。
「それでは、俺がこれを食べている間だけ少し時間を貰えるだろうか」
『え? はい、なんでしょうか』
ウィリアムはパイの4分の1を取り出してガブリと嚙みついた。
「オリオンの事だ。彼は良くない噂がある。俺のクラスでトラブルがあって、俺は友人のために彼を見張っていたんだ。君は目を付けられたかもしれない」
もぐもぐ食べながら話し続けるウィリアムは、目尻に向かって鋭く流れる矢じりのような眼をしている。貴族とは思えないような大きな口でもう一口、ガブリと。
『頼まれなくても、関わりたくありません。ですがどうすれば良いのでしょうか』
「出来るだけ他の誰かといることだ。男性と。彼は女性のことを気にしない、女性は男性に従うものだと思っている」
過保護で常にヒロインの周りをうろうろするキャラクター。ウィリアムのことをそう思っていたけれど、それはオリオンの存在があるからだったんだろうか。今のウィリアムは少し違う。自分がそばにいない可能性があると思っているから、私に警告しているんだ。
アレクサンダーやジョシュアの好感度が高いと判断しているんだろうか。あまり良い事ではないかもしれない。ジョシュアは上級生だ、オリオンからは守ってくれない。アレクサンダーはクラスが違うし、常に一緒という訳にもいかない。
ウィリアムは私とは違うクラスだが、オリオンと一緒のクラスだ。取っている授業もほとんどオリオンと同じはずなので、元々ウィリアムはどちらかと言うとヒロインではなくオリオンのことを気にしていたのかもしれない。
「これは美味しいな、リンゴの甘さとパイの香ばしさが素晴らしい」
『どうもありがとうございます……。えっと、もう1つ食べますか?』
食べている間だけ話そうということだったのに、ウィリアムはもう食べてしまいそうな勢いだ。一生懸命もぐもぐ食べている。よほどお腹が空いていたのかな。
いや、と言うかオリオンを見張っているとしたら今は追わなくて良いのか? ヒロイン優先なのかな。
「ありがとう、是非貰いたい」
『……ブラッセル様は何をされたのですか? 私は何をされる可能性があるのでしょうか』
「彼は自分勝手に行動しているだけだろう。友人の1人が彼に目を付けられて、私物を壊されたり盗まれたりしているんだ。俺は彼が実行犯だという決定的な証拠を掴むために彼を見張っている」
なるほど。オリオンは柄の悪い不良少年と言った感じそのままなんだろう。ウィリアムは正義感の強いキャラだし、そもそもDクラスの中では身分と地位が高い方だから、そういう役割を求められているのかな。
そもそもオリオンも筋骨隆々のガタイの良い男だから、面と向かって物申せるのはウィリアムくらいなのかもしれない。オリオンは男爵令息で身分が高い訳ではないが、そもそもDクラスには身分の高い生徒はあまりいないし。
それにオリオンの父は鉱山を所持していて大金持ちだ。望むものなんていくらでも手に入るはずなのにわざわざ盗みをするということは、単純に相手が何か気に食わなかったのだろう。目を付けられたくはない。
「オリオンは欲望に忠実だ、君を手に入れたいと思っても不思議ではない。実際、高い爵位を持つ家の令嬢と結婚するよりも君との結婚を企む方が可能性はあるだろう」
『……』
結局そこなんだろうか。ウィリアムがオリオンをそういう目で見ているって事は、やっぱりセヴァラスもそう見られているのかな……。セヴァラスは立場も悪いから、風当たりが強いかもしれない。
「すまない、気を悪くしたか?」
『いえ、私が親しくしている男性が、そういう目で見られるかもしれないと感じて……』
「……君は優しいんだな」
ウィリアムの目がしっとりと優しく私を見つめる。なんだろうこの人、惚れっぽいのかな。それともヒロインマジックかな。
『いえ、私も自分勝手なだけです。好きな人と一緒にいたくて……私の存在を迷惑に思われたくないって思っただけですよ』
「残念だが、貴族と言うのはそういうものなんだ。民の税金で生きている、自分の気持ちよりも立場を重視しなければならない。君は平民出身だが、税金でこの学校に通っている。国王が望むなら王族に入るべきだ」
……え?
アレクサンダーでもジェームズでもジョシュアでもなく、ウィリアムがそれを言うの?
と言うか、ゲーム内ではアレクサンダーとジェームズとの恋は王族との身分を越えた恋! みたいに言われていたけど、実際は政治的にも十分ありえる結婚だったわけだ。
『驚きました、ウィリアム様がそのように考えてらっしゃるとは……。私が王族に望まれていると?』
「君が城に呼ばれたことは皆知っている。アレクサンダー殿下の態度も噂になっている」
『ウィリアム様がそれほど噂がお好きとは意外です。国王陛下には光の魔法を見せて欲しいとのことで王城に呼ばれました。それにアレクサンダー殿下には婚約者がいます』
ウィリアムは手に持っているパイをぼんやりと見つめていた。私を気にして声をかけてくれたのに傷付けたかな。
でも私別にアレクサンダーやジェームズと婚約者になるって話が出てるわけじゃないし。私の言ってることは何も間違ってない訳だけど。
「すまない、君は入学以来ずっと噂に晒されているんだろうに。無神経だった」
ウィリアム、素直キャラ。そして誠実。ちゃんと謝る事が出来るのはすごいなぁ。
ウィリアムみたいな人が好きな女の子は多いだろう。だけど私は少し苦手だ、自分も清廉潔白でいなければいけないような気がしてしまう。彼と一緒にいたら、彼の誠実さで何度も傷付けられるだろう。
私はセヴァラスが好き。セヴァラスに会いたい。
『こちらこそ言葉が過ぎました。……もう寮に戻ります。今日は本当にありがとうございました。助かりました』
「いや、こちらこそ傷を治してくれてありがとう。それにパイも美味しかった」
図書室に行きたいけど、そういう訳にもいかないな。1人でうろうろしてオリオンに会ったら笑えないし。
ウィリアムに挨拶して、大人しく女子寮に戻る。
「レナ!」
『っエマー!』
「どうしたの? 何かあったの?」
寮の談話室でエマに会う事が出来た。オアシスはここか……。
『めっちゃ疲れてる! でもエマに会ったから元気!』
「エリザベス様とお茶会って言ってなかった?」
『それがアレクサンダーがいたんだよー!』
「なにそれ、そんな面白そうな話聞かない訳にはいかないじゃない! 私の部屋に来てよ!」
エマ、なんか生き生きしてるなぁ……。




