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番外編:アレクサンダーの警告

セヴァラス視点です

僕は元々冬のウィンドレイクに誰かが来るなんて反対だった。

冬の間、僕の家は本当に最低だ。父さんはピリピリしているし、母さんはずっと食べないし寝ていない。


ごろつきのような傭兵が集まって来て、使用人も怖がっている。僕がまだ幼い頃から冬の間、若い女の使用人は必要最低限を残して母さんの実家の方に手伝いに行っていた。そうしている間に、暖かくなってもウィンドレイクに戻らない使用人が増えていく。プライス家は金銭的にも苦しくなっているからだ。


それなのに、冬の間にクラスメート、しかも女子を呼ぶなんてありえない。しかも彼女はあまり現状を分かっていないのだ。

平民出身の彼女は、妙なところで世間知らずだ。銀世界が見たいと言うだけでここに来て嫌な思いをしたらと思うと、不安に押し潰されそうだった。


彼女まで僕を軽蔑や同情の目で見るようになるかもしれない。もしくは腫物に接するかのように慎重に距離を取るかも。

大体の貴族は、プライス家の事を見下している。そうでなかったとしても、こちらをどう思っているのかは目を見れば分かった。


―――あぁ、あのプライス家の。


没落する貴族として見られている。国王から見捨てられる一家だと。

滅びゆく家の跡継ぎ、それから逃れる術はなかった。僕は何もしていない。物心ついた時から諍いはあったし、父さんは不機嫌だった。僕は何か悪い事をした訳でもないし、それどころか抜け道を流したという噂も嘘だ。


抜け道の事を話してしまったのは出稼ぎに出ていた村人だ。ロイシュークの軍に山中で鉢合わせ、脅され、金をチラつかされ、他の領地への抜け道があることを話してしまったのだ。

すぐに屋敷へ報告し渡された金を差し出した村人を、父は責めるようなことはしなかった。国へ事情を説明した時も、村人の名前を父は決して明かさなかった。国王は父の話を信じず、全て責任逃れの作り話だと考えているようだ。


父さんはよく分からないところでプライドが高い。それで自分達の家が滅んでしまったら元も子もないだろう。母さんに言わせれば、僕も似ているらしいが……僕はその他大勢の民衆より自分の家族を重要視するだろう。


それが領主としての責務と言うのなら、僕にはその資格がないかもしれない。そう思いながらも、領土を維持するための勉強をし続けていた。何の意味があるかも分からず。


少なくとも、彼女に会うまでは。


―――『魔導具学と生命科学は取るつもり。セヴァラス君も一緒に取らない?』


思いがけず魔導具学を取って、初めて勉強が楽しいと思えた。おそらく魔導具学は僕に向いている。魔導具の精密な仕組みはとても興味深かったし、その原理もするすると頭に入った。


僕は魔法が使えないが、魔力があるだけでも時間をかければ魔導具を作ることが出来る。領土を追われたら魔導具の職人になるのも悪くない。


彼女に勧められて、魔導具学を取って本当に良かった。

何がそうだと説明できないが、彼女には人を引き付ける魅力があるように思う。ただそれは、話している内に徐々に感じるもので、彼女が一見してどこか特別という訳ではない。


僕自身、彼女に会うまで光魔法の使い手とは一体どんな女性なのだろうと気になっていた。しかし実際に会った彼女は、どこまでも平凡な、普通の女の子だ。特別美しい訳でも、優秀なわけでも、おかしな行動をするわけでもない。本当にただ、光の魔法が使えるだけだ。


それなのに、彼女は周りから色眼鏡で見られている。僕と同じだ。良く思われているか悪く思われているかが大きな差だが、向き合った時の瞳の奥にあるその心の内は、慣れるものではない。


王太子殿下も彼女には並々ならぬ関心を持っていた。初めは明らかに殿下を避けていた彼女も、リッチ嬢が間に入って今では良好な関係のようだ。おそらく彼女もリッチ嬢に遠慮していたのだろう。


その上彼女は王城にまで呼び出され、ジェームズ殿下と会っているらしいとの噂だ。公爵家の令息ジョシュアとも親しい。

もしかしたら、僕と同じように普段から他者に色眼鏡で見られている彼らは、彼女が何の心積もりもなく接してくれるのが心地良いのかも知れない。


そうとも。彼女と話すのは心地良い。


―――『あれだけ丁寧に教えて貰ったんだから運良いよ! 大体私、平民なのに光の魔法が使えるんだよ? 超ウルトラスーパー運良いじゃん!』


光魔法の使い手。彼女はそれが何を意味するのか分かっていない。純粋に人の傷を治せることを喜んでいる。それが一番役立つのは戦場だと気付いているのだろうか。


そして自分があらゆる利用価値のある人間だと。


彼女はその能力だけで、成功が約束されているようなものだ。功績をあげれば男性ならば侯爵の地位を得ることも出来るだろう。彼女は女性なので、王家の一員になれる可能性すらある。


それと同時に、彼女は一生この国から出る事が出来ない。国外の人間と結婚することも出来ない。誰もが彼女を見て目を光らせるだろう。


彼女と結婚すれば、自分の子孫が光魔法を使えるようになる可能性がある。彼女は王宮でいくらでも功績をあげ、富も栄誉も欲しいままだ。誰もが彼女に興味を持っている。


初めて会った時、彼女は僕のことを知らなかった。彼女に声をかけられた時、彼女が僕を見つめた時のことは忘れない。久しぶりの感覚だった。

彼女は平民なので当然の事なのかもしれないが、彼女は僕の事情を知った後も態度を変えなかった。


だから僕は、彼女の友人になるつもりだった。彼女が僕を没落する貴族だと見ないのなら、僕も彼女を光魔法の使い手として見ない。出来るだけ普通に接しているつもりだった。


僕は彼女を特別扱いしない。好意を寄せて貰おうと思わない。好きにならない。


それが僕に出来る最大限の配慮だ。


だが、周りはそうは見てはくれなかった。

領地から学園の寮へ戻った時、王太子殿下の使用人を名乗る男性に呼び出され、指定の場所に向かうと他ならぬ殿下本人が待ち受けていた。


「私の婚約者が君の領地を訪ねたようだな」

「…………紛争中の折、突然のことでしたので、十分なおもてなしが出来なかったことをお詫び申し上げます」

「エリザベスが君の領地を訪れたのはレナ・ブラウンを慮ったからに過ぎない。私が入学時に彼女にレナを任せたからだ」

「承知しております」


王太子殿下は見るからにご立腹といった様子だった。自分と父親が放置し、緩やかに殺しているも同然な一家の息子を、自分の婚約者とお気に入りの女性が訪ねたのだから当然と言えば当然かもしれない。


あの2人のことだ、おそらく……。


「2人からウィンドレイクへの対応を考え直すようにとの進言があった」


だろうな……。

彼女らは正義感が強く熱い心を持っている。あの現状を見て何とかしなければと思ったに違いなかった。


「我々はウィンドレイクへの対応を考え直す余地はない。自業自得だ」

「お言葉ですが、我が領地への対応はともかく、自業自得というのは聞き捨てなりません」

「自分達が裏切っていないと証明したいのなら、隠し立てせず堂々と村人の名前を明かせ!」

「領民の不利益にならないと約束して貰えないのなら無理だとお話ししたはずです」


堂々巡りだ。これ以上進展することはない。


「彼女とはどういう関係だ」

「……ただの友人です」

「信じがたいな。ただの友人が紛争中の領地を訪ねるか? 何のために?」

「彼女がウィンドレイクの雪景色をどうしても見たいと言ったので」


王太子殿下が何を考えているかは分かる。没落を恐れる僕が、光魔法の使い手にすり寄っていると学園では噂だった。

確かに僕が彼女と結婚出来れば、プライス家は安泰だろう。彼女が働いてくれるだけで金銭的にも助かるのはもちろん、王都で影響力を持てばウィンドレイクにも助けが来るはずだ。


何よりプライス家が失脚しウィンドレイクの領地を失ったとしても、おそらく彼女が光魔法による功績から叙勲され領地を与えられる可能性が高い。僕がブラウン家の婿養子として領地をそのまま管理するのは収まりが良いとも言えた。


「これ以上彼女に近付くな。彼女は王族に迎えられる可能性がある女性だ。君のような人間と親しいと思われるのは迷惑だ」

「……彼女はジェームズ殿下と?」

「それはまだ分からない」


分からない? ジェームズ殿下とアレクサンダー殿下以外の王族と言えば、ジョシュアくらいしか彼女と年頃の良い者はいない。アレクサンダー殿下がジョシュアの婚約に関与出来る訳もない。

エリザベス・リッチと婚約していながら、自分が彼女と結婚するつもりなのだろうか。何もかも自分の思い通りに行くとでも?


「レナはリッチ嬢と親しいはずです。彼女を悲しませることなどしないでしょう」

「それこそ君には関係のない話だ。彼女と関わるな、これは警告だ」

「……可能な限り距離は取ります。ただの友人の距離感までです。そうでなければ彼女が納得しない」


彼女の性格はアレクサンダー殿下も承知しているはずだ。僕が何と説明しても全く関わらないようにするなど彼女が承知するはずがない。


「良いだろう。今後は彼女をウィンドレイクに呼ばないように」

「ろくに湖を楽しめなかったため、夏にもう一度招待する約束をしてしまいました」


あからさまに気に食わんという顔をして、彼はその場から去った。

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