エリザベス・リッチ攻略か
貴族のマナーも序列もほんと曖昧です。
この学園は広すぎる。
ゲームの中では考えた事もなかったけれど、確かにあの背景のスペースを確保するためにはこのくらいの広さは必要なのかも知れない。
『……エマ、私の事見捨てないでね。迷子になったら大きな声で呼ぶから』
「構造で覚えるの、慣れればすぐだから。それから迷子になったら周りの人に道を聞いて」
それが出来たら前世でコミュ障やってない。こちとら毎年新学期はビクビクしていたんだ。知らない人に話しかけるというのが自分にはとてもハードルが高い。おまけに向こうは私の事よく知ってるというのだから。
ゲームでヒロインの陰口をコソコソ話したり、軽い嫌がらせしたりしてくる奴がこの中には混じっている。
間違った道を教えられて迷子になるイベントもあった。それを食らったら現状出会いイベントをこなしたキャラはアレクサンダーだけなので、彼と遭遇して好感度が上がってしまう。
シルエットだったモブの区別は出来ないし、誰も信頼できないと思った方が良さそうだ。もちろん、心の内ではだけど。
エマと一緒に教室に入ると、まだまばらだった生徒が一瞬シンとなった。
教室の席はテストの成績順だ。左前から右横に六人ずつ、私は60位なので一番後ろ。右横には誰もいない。
一番左前には、エリザベスが座っている。一人で何か本を読んでいる様だ。
「貴方の席、横が広くて良いわね。私の席は真ん中だから、休み時間には私がこっちに来るわ」
『確かに、その発想はなかった』
前世だと隣の机や椅子を勝手に使う子も多かったけど、品の良い方々は他人の物を勝手に使うなんてことないのだろう。
それにしても、困ったことに先程からエリザベスが完全に孤立している。
友人や取り巻きが当然いるのかと思いきや、このクラスにはあまり知人がいないのかもしれない。それに元々エリザベスは取り巻きを連れて歩く様なタイプではない。
この学園では社交界のマナー反映されている。基本的には事務的な用事以外、下位の者から上位の者へ声をかけてはいけないのだ。第三者からの紹介や上位の者からの挨拶がない限り「知らない人」として接する必要がある。
もちろん学園で生活する以上限度はあるし、社交界に比べれば曖昧な決まり事だ。事実私はセヴァラスに自分から声をかけた訳だし。
しかし王太子の婚約者ともなればそんな事を言っていられない。
エリザベスは……まだこのクラスであることを受け入れられないのかな。Bクラスに侯爵家の令嬢はいたかな……。だけどそれなら一緒に登校しそうなものだ、ほとんどAクラスに入ってしまったのかも知れない。
辺境伯の令嬢だとエリザベスは顔見知りではないだろうし、まさかセヴァラスと行動するわけもないだろう。
エリザベスと行動していた令嬢はどんな人だっけ。ゲームではシルエットだったかな……。シルエット……?
―――そうか。エリザベスではないのか。
ヒロインに嫌がらせをしてきたシルエットがエリザベスかその友人達なら、はっきりとそう表現されるはずだ。それが何もなかったと言う事は、現時点でエリザベスは安心かもしれない。
私は既に彼女と挨拶を交わしているし、彼女と仲良くなれば、このクラスでは敵なしかも。
『エマ、私ちょっとリッチ様に挨拶してきても良いかしら』
「えぇ、もちろ……えぇ!?」
信じられない、と言わんばかりにエマの目が開かれる。この子、本当に良い子だなぁ。ヒロインの中に入ったのがエマだったら絶対ヒロインになれる。
『昨日挨拶させていただいたの。それを今日同じクラスで何も声をかけないのではきっと無礼だわ』
「そ、そう言われれば……えっと、私は……」
『とりあえず、最初は大丈夫。折を見て紹介するわ』
「そうね、それが良いわ」
深呼吸をして立ち上がる。
昨日王子があぁ言ったのだし、挨拶程度ならば迷惑がられる事はないだろう。逆に迷惑がられたらこれから距離を置けば良いのだし。
『……こ、ごきげんよう。リッチ様』
いかん。少し噛んだ。
エリザベスは少し息を飲んで顔を上げてくれている。
「ごきげんよう、ブラウンさん。……昨日はよく眠れましたか?」
『! はい、とても立派なお部屋で少し緊張しましたが……今日が楽しみで早めにベッドに入りました』
「そう」
ニコリと微笑むエリザベスは美人だ。彼女は笑っていると雰囲気がとても和らぐ。それに彼女から会話をリードしてくれるなんてありがたい。
私が笑いかけると、彼女はチラリとエマの方へ視線をやった。
「貴方は……もうお友達が出来たのね」
私たちがこの教室に入るのを見ていたのだろう。挨拶しに来て良かった。友達と一緒で彼女を無視したと言われてはたまらない。
『はい。寮で向かいの部屋なんです。ご紹介させていただいてもよろしいですか?』
「……」
エリザベスは黙ったまま視線を落とした。
あれ、嫌なのか。伯爵家が嫌……とかだったら、そもそも私と話したりはしないだろうし。
「私がBクラスに入ったことを、皆心の中でどう思っているか……。殿下の婚約者として、不甲斐ないわ。それでなくとも殿下にはもっと相応しい方がいらっしゃるのに……」
『まさか! 少なくとも私も彼女もそのようには考えません。殿下とリッチ様が並んでいらっしゃる様子はとてもお似合いでした』
ゲームではヒロインがアレクサンダーと結ばれる以外、特にエリザベスとアレクサンダーの仲を裂く出来事などない。私が彼を狙わない限り、二人は結婚するはずだ。
まぁ確かにアレクサンダーは結ばれないにしてもちょっとヒロインに入れ込みすぎる所があるが、それも彼が過去身体が弱かったせいだ。そこで身を引いてもらっては困る。出来ればお二人にはラブラブでいてもらいたい。
「昨日、Aクラスに振り分けられた友人から声をかけられませんでしたの……入学したら一緒に登校しようとお話ししていたのに」
それは……きっと何と声をかけて良いか分からなかったのではないか。
だけど一緒に登校する予定が音信不通は困るよね。まぁ向こうからしても同じことが言えるんだろうけど。
「ごめんなさい。いきなりこんな話をされても困るわよね」
『いいえ、私でよろしければいつでもお話を聞きます。ただその、貴族のマナーやリッチ様のご友人の事はよく分からないので……』
「ふふ、ありがとう。そうね、私もこのクラスでやっていかなければ。貴方のご友人を紹介してくださる?」
『はい、喜んで!』
明らかにカチコチで挙動不審なエマにエリザベスを紹介する。エリザベスはジョシュアと親しいようで、ナイトリー家の事もよく知っている様だった。彼女の領地の特産物について話が盛り上がっている。
ふと周りを見ると、クラスの皆がこちらの動向をうかがっている様だ。
あ、しまったな。このクラスで一番位が低いのはどう考えても私なのだから、私がエリザベスとの仲介が出来ると思われたら、もしかしたら私は色んな人に声を掛けられまくるのではないだろうか。
ふと視線を感じ振り返るとそこにはセヴァラスがいた。いつの間に来たのだろう。
少し引き気味にこちらを見つめている。
―――ごめん、忠告聞かずに目立っちゃった!
と言うか、ゲームでは具体的な名前は出なかったけど、家の関係を考えたらプライス家へ偏見を持っているのってリッチ家も……なのかな?
セヴァラスにペコリと会釈をしたが、曖昧に視線を反らされた。
あぁ……セヴァラスとの距離が遠のいた……。
ゲームの遭遇イベントそのままじゃん……。攻略キャラ以外でも、脇キャラの好感度すら下がるなんてシビア過ぎませんか。
いや、私が軽率だった。プライス家を嫌っているのが誰なのか、ちゃんと確認しよう。
周りを遮断するように本にのめりこむセヴァラスを見つめる。
うぅ、辛い。




