トリップ
トーマスさんとエドさん、傭兵達が出払って、プライス家の屋敷には私とアナさん、そして侍女数名しかいない。
そして夕方になって、やはり噂を聞きつけた傭兵がどんどんやってきているようだ。
アナさんが対応しているので私にはよく分からない。食事も部屋まで運ぶから、部屋から出ずにじっとしているようにと言われた。
一緒にいようと提案したが、肺活量には自信があるからと断られてしまった。何かあったら叫ぶと言うことだろうか。改めてとんでもない所に来てしまった感が否めない。
戦争中ってどこもこんな感じなのかな……。自分の領地がずっとこんな感じだったら嫌だなぁ……。
それにしても、いつになったらセヴァラスは帰って来るのだろう。……遅くない? もう夕方なんだけど。馬が疲れてるとか? 確かに山小屋のそばにずっと潜んでいたってことだもんね……?
馬のない傭兵に合わせて全員が徒歩で山小屋に向かったらしいけど、セヴァラスは馬で戻って来るはずだから……帰り道は30分程度なんじゃないの?
落ち着かない気持ちで窓から外を眺めると、ちょうど馬が見えた。馬が……。
―――二人で乗ってる!?
ただ二人で乗っているにしては乗り方が変だ。
もしかして……怪我してる……?
体中から血の気が引いて、自分の呼吸の音が頭の中に響いた。
セヴァラス……じゃないよね?
ど、うしよ……?
しばらくして、アナさんがセヴァラスの名前を呼ぶ声が響いた。
『っ、そんなはずない!』
体当たりするようにドアを開け、玄関ホールまで走る。
セヴァラスが怪我するなんて嘘だ。そんな話聞いてない。ゲームではそんな事起こらなかった。絶対嘘だ。
『アナさん! セヴァラス!』
「レナさん、お願い、セヴァラスを!」
セヴァラスの服は真っ赤だったし、意識もないようだ。チェインメイルなんじゃないの? なんで怪我してるの?
ドクドクと血が流れている。何か突き刺さしたような傷だ。落ち着いて、落ち着いて……。
お願い、治って……。
傷に手をかざすと、手の平が熱くなり、傷が治っていくのを感じる。感じるけど……いつまでたっても傷が治りきらない。
待って、まだ治らないの?
どんどん血の気が引いていく。頭がくらくらする。息が苦しい……。
嫌だ。絶対嫌だ。だって、もしこれでセヴァラスが死んじゃったら、私のせいじゃん。私がゲームと違う行動したからでしょう?
そんなの絶対に嫌だ。セヴァラスだけは助けないと。
自分の身体がどんどん冷たくなっていくのを感じる。手の平の暖かさがどんどん引いて、耳にサーとホワイトノイズのような音が響く。
「セヴァラス! 良かった……!」
アナさんの声が……遠く……
~~~~~~~~~~~~~
…………トリップしてるわ。
国王陛下に呼ばれて気を失った時には自覚がなくて夢を見ているみたいだったけど、今度ははっきりと分かる。
自分の家だ。いつも見ていたテレビを見ている。懐かしい……。この俳優好きだったな。もはや転生先の人達の方がイケメンになっちゃったけど、そう考えると私、本当にとんでもない事になってるな。
「受験生なんだからもっと勉強しなさいよ」
「はいはーい、このテレビ見たらね」
自分で動いたり喋ったりは出来ないようだ。机の上には一応勉強道具が用意されている。そう言えば私、いつもリビングで勉強してたんだよね。
理系の科目は苦手だった、特に化学。思い返せばそもそも理科から苦手だった。薬品とか実験道具の名前とか、覚えるの苦手だった。化学式なんてもっと無理だ。
私がもっと勉強していたら、役に立てたのかな。
勉強って大事だなぁ……当たり前すぎる。はぁ……頼む、今だけ勉強しに行ってくれ私! テレビなんか見てないで!
いやもう、久々に見るテレビ楽しんじゃうのもありじゃない?
「―――なんと、原因は建物のガラスだったんです」
「ええー! ガラスぅー!?」
「湾曲したガラスが鏡のような役割をして太陽光が集中し、通行人が火傷を……」
……え、これ太陽光で人が怪我したってこと? あ、そう言えばこの番組、見た覚えある。好きな俳優が出てたから見たけど、宣伝で散々殺人光線って言うからなんだろうって思ったら、ただ火傷しただけかい! 死んでないじゃん! ってなったなぁ。
いやまぁその場所を通っただけで火傷なんて怖いけど、熱いって思って普通に逃げられるしねぇ……。
これって虫眼鏡で黒い紙が焦げるのと同じ仕組みだよね。私が光魔法に関してそういうのあったなって考えてたやつじゃん。随分都合が良いな……。
このトリップは、私が忘れちゃっている記憶を思い出せるんだろうか。次に光魔法を沢山使う時は、何を思い出したいか意識してみようかな。上手くすれば、思い出したい情報を引き出せるかも知れない。
それにしても、この前のトリップよりも随分長いけど、私はちゃんと戻れるんだろうか。
……あれ、戻れるっておかしいかな。私にとって戻るって、前世に戻ることなのかな。もうこの世界で15年、記憶が戻ってからでも9年過ごしてるんだけど……。
セヴァラスと同じ世界に生きて……生きて……
~~~~~~~~~~~~~
『っ! セヴァラス!』
「レナさん、落ち着いて……」
『……う、あ、アナさん?』
急に起き上がったせいか頭がくらくらする。どうやらプライス家の屋敷のようだ。良かった、とりあえずこっちの世界に戻ってきたんだ。
あのまま気を失ったんだろう。宿泊するはずだった部屋のベッドに寝かせて貰っている。私とアナさんしかいないようだ。
『あの、私は気を失ってしまったのでしょうか、セヴァラスの傷は……セヴァラスは大丈夫なんですか?』
「セヴァラスは大丈夫よ、貴方が気絶するのと同じくらいのタイミングで意識が戻っているわ。傷跡は少し残っているけど、ほとんど治っているわ。今は部屋で休んでいます」
窓を見ると、外はもう薄暗かった。セヴァラスが来たのは夕方だったから、結構気を失っていたんだろうか。
「……言いにくいのだけれど、貴方は丸一日気を失っていたの」
『丸一日!?』
そんなに!? 気分悪かったのをかなり強引に無理したからかな……。でも逆に言えば、無理すれば酷い傷も治るってこと?
「立てそうかしら。何か食べる? セヴァラスが心配していると思うから声をかけて一緒に食べるのはどうかしら。二階に食事を運んでもらいましょうか」
『ありがとうございます。多分、立てそうです』
実際に立ち上がってみると、思ったより気分も悪くない。でもこの服、寝間着だ。いつの間に着替えていたんだろう。ありがたいけど……いや、まぁ貴族の着替えって基本使用人がやってくれるみたいだから、アナさんからしたら疑問に思うようなことじゃないか。
『あ、これは私着替えた方が良いですよね』
「それなら侍女に声をかけるわね。セヴァラスにも声をかけて来るわ」
『いえっ! 一人で着替えられますので!』
アナさんは少し動揺していた様子だったけど、そのまま部屋を出ていった。
洋服どうしよう。もう夜だし、簡単なワンピースで良いよね。髪の毛も1つ縛りにしちゃうのが楽かな。
―――あれ? 何だろう、話し声が聞こえる。
「……ですから! 二階は家族だけのプライベートなスペースです。家族の許可なしに勝手に上がられては困ります」
「固い事言うなよ」
アナさんと傭兵の人、かな?
「やめなさい!」
っ、大丈夫!? 慌てて部屋のドアを開けると、アナさんはおっさんの傭兵に手を掴まれていた。
『何をしているんですか! 離してください!』
「レナさん!」
「やっぱりいるじゃねぇか。最初から大人しく出てくりゃ良かったんだよ」
げ、私を探してたのか。顔出さなきゃ良かった、また軽率なことした……。でもアナさんのことトーマスさんに任されてたし……。
「嬢ちゃん、光の魔法が使えるんだろ? 俺の怪我も治してくれよ」
あ、なんだ、怪我してただけか。勝手に二階に上がって来るなんてマナー違反だし迷惑だけど、怪我してたら焦っちゃうもんね。早く治して欲しくて必死だったのかも。
でも怪我ってどこをだろ、見た感じはどこにも……。
「俺のタマが切れてんだよ、治してくれるよなぁ?」
『は……』
へ、変態だぁぁぁぁぁぁ!!!




